第6話 婚礼の儀式とは?

 俺が乗った馬車が、父さまと母さまが住む別邸に到着する。俺が馬車から降りると、建物の三階付近から、大きなうちの家族の髪の色に似た、亜麻色と焦げ茶色の羽が混ざった翼を広げて、二人が飛来する。二羽と呼ばないのは、彼らが俺の家族だから。


「グリメラ、グリメル。元気にしてたか?」

『くぅ』

『くぉう』


 グリメラは俺に頬を寄せてくる。グリメルは俺の頭を甘噛みしてくる。二人とも、母さまと父さまのパートナーであり、ノワールの両親でもある。


「父さまたちはいるかい?」

『くぁ』


 グリメルが俺の頭を咥えたまま、ずるずると建物へ引きずっていく。そんなグリメルを、グリメラがつついて注意する。


『きゅ?』

『くぉーぅ』


 あ、グリメルがグリメラに蹴飛ばされた。少し離れた場所へ盛大に転ぶ。怒られてやんの。


「坊ちゃま、おはようございます」

「やめてってば。もう俺、二十九だよ?」


 俺を迎えてくれたのは、アルフの父マーク。父さま母さまよりも年上だから、俺から見たら、爺やみたいな人。俺のことを小さなころから知ってる人の一人だ。


「師匠。大旦那様、大奥様はいらっしゃいますか?」


 アルフはマークのことを、父と呼ばずに師匠と呼ぶ。彼にとって、マークは生涯師匠であり、マークにとって息子ではなく弟子なのだろう。


「あぁ。食堂でお茶を楽しまれているところだ」

「そうですか。ありがとうございます」


 自分の息子だから、弟子だから。俺の対応とは違うのは仕方ないけれど、結構厳しいものだ。マークの言葉を受けたアルフは、表情を変えない。このあたりは流石としか言えないな。


「お館様」

「わかった」


 ここは昔、姉さまと俺の部屋があった。今はそこに、父さまたちが住んでいる。俺は勝手知ったる我が家のように、奥へと進んでいく。


「父さま、母さま。俺です。レイウッドです」


 マークの言葉から察するに、食事は終わっているはずだが、親子の間柄とはいえ一応声はかけることにした。


「いますよ。入っておいで」


 中から母さまの声が聞こえる。食堂のドアを開ける。食堂に入ると、テーブルには優雅にお茶を楽しむ母さまと、その横に……。


「母さま、急に来てごめ――うぉぁっ!」


 びっくりした。なにせ、父さまが床に膝をついて、五体投地。こんな姿、生まれて初めてだったよ……。


「と、父さま。どうしたんですかっ?」

「申し訳ない」

「へ?」


 とにかく、父さまに落ちついてもらい、マークにお茶を淹れてもらった。父さまが言うには、『貴族の風習に巻き込んでしまって済まない』と言うんだ。


「いや、俺だって貴族なんだ。上からそう言われたら、『かしこまりました』と受けるしかないのはよくわかってるんだ」

「実を言うとな……」


 父さまの話は、父さまと母さまが婚姻を結んだときにさかのぼった。実は母さまは、ノザンロード辺境伯家の次女なんだそうだ。


「え? 母さまって、そんな名家の出だったの?」

「別に大したことはないわ。お姉様が家を継いだから、私は好きにできたの。この人がね、学園の競技会で優勝したときに、一目惚れしちゃったのよ」


 母さま、そこで頬を染めてどうするんですか? ――って、父さま。そんなに強かったの? 確かに見た目は凄いけど。……あれ? 確か、学園の講義で……。


「あれ? そういえば、女性伯爵閣下がいたって、……あれって」

「そうねレイウッド。あなたの伯母なのよ。だからね、あなたも血筋は悪くはないの。今はもう引退して、あなたの従姉いとこが継いでるはずね」

「悪くはなとか、従姉とか、初耳なんだけど。それに俺、講義で聴いたんだけどさ、確かノザンリーブル家って公爵家の分家じゃなかったっけ?」


 公爵家はもちろん、エメロード王家の血が流れている。


「えぇ。あなたにも、王家の血が流れてるのよ。ほんのちょびーっと、ですけれどね」

「なんっじゃそりゃっ!」


 初耳大爆発。思わず突っこみを入れてしまう。


「フレーミアお姉様も、毎年、あなたの顔を見られて嬉しそうにしているでしょう? あなたが生まれた年なんて、大変だったのよ。毎週、遊びに来るんですもの」

「へ? フレーミア――って、女王陛下じゃないのさ?」

「そうよ。私はお姉様の再従姉妹にあたるの。あなたの名付け親をしてくれたのよ? レイウッドという名前はね、十代前の王配殿下の名前が由来なのよ。確か、……レイウット殿下、だったかしら?」


 そのまんまじゃないですか。てか、それは知らなかった。というより、わかるわけないじゃないのさ? 確かに、他の領主の皆さんより、話す時間が長いような気がしたけど。まさか、そんなことになっていたなんて。


「あ、心配しなくてもいいわ。私が家を出るとき、継承権は放棄してるから。もしあったとしても、四十位以下じゃないかしらね? あなたが生きている間に、回ってくることは絶対ぜーったいないと思うの」


 父さま、ちょっと顔色が悪くなってるような? 母さま、微笑んでるけど眉がひくひくしてる。


「そうそう。わすれてたわ。今回のこの騒動」


 母さまが持っているのは、タニアちゃんの一件の書状だ。


「レイウッド。あなたはどう思っているのかしら?」

「正直言ってもいいかな?」

「えぇいいわよ」

「えっと。タニアちゃんは、俺の教え子で、俺の妹みたいなものなんだ」

「知ってるわ。良い子、であるのは間違いはないわね」

「そう。それにね、タニアちゃんが、自分で決めたわけじゃないと思うんだ。教え子が、妹が困っているならさ、助けてあげないじゃないの?」

「ほんっとあなた、優しいところは、カインズさんにそっくりね」


 父さまの名前だね。でもそれって、見た目は似てないって言ってるようなものだし。


「カインズさんね。あなたと違ってほら、脳みそがちょっと、筋肉でできているから」

「ぶっ――」


 ちょっと、ぶっちゃけすぎでしょうよ……。


「そのくせ、優しすぎるものだからね。強く言えないのよ。そこがまた、カインズさんの良いところなんですけどね」

「オフィーリオさん、酷くないですか?」

「あら? 十分ほめ言葉だと思うのだけれど?」


 オフィーリアさんは、母さまの名前ね。何気に惚気ないでください。確かに、父さまはは強面で筋骨隆々。けれど、物凄く優しい。『美女と魔獣』って噂があったとか、ないとか。


「でもね、レイウッド」

「はい」

「この一件、何かしら、裏があると思うの」


 父さま、うんうん頷いてる。昨日あたり、怒られたんだろうな……。


「母さまもそう思うんですね」

「えぇ。だからね、何か困ったことがあったら言いなさい。わかったわね?」

「はい。わかりました。それでですね。聞いて置きたいことがあったんですけれど――」


 この国の国教は、マイアラールナ教ということもあって、婚礼の儀式は基本、一般的には公開されてない。俺も他の領で行われた、披露の宴に呼ばれたことはあったが、儀式がどのように行われるかがわからない。だから俺は母さまに教えてもらった。


 領民の皆さんが婚礼の儀式を行う際は、領に常駐している司祭が立ち会って、教会で簡易的な儀式を行う。その後に、両家、知人が集まって祝うそうだ。だが、貴族はそうではない。もちろん、姉さまのときもそうだった。儀式に俺は立ち会うことが許されなかったんだ。だから知らないのも仕方がない。


 各領地には教会とは別に、マイアラールナ様を祭る小さな神殿がある。このシーヒルズ男爵領にもあるのは知っている。神殿には、マイアラールナ様の像が置かれている場所と、寝所があるそうだ。あるそうだ、というのは俺は中を見たことがないから。


 儀式の前夜から、新婦はマイアラールナ様の青銅像に祈りを捧げる。それは眠くなるまで続けるのだそうだ。結構重労働なんだね。その際、中に連れて入っていいのは、介添人としての侍女を一人だけ。介添人以外、儀式が終わるまで新婦の姿を見てはならないとのこと。


 夜が明けたら、新郎が新婦を迎えに入る。そのあと、一緒に最後の祈りを捧げる。それまでが、婚礼の神聖な儀式なんだそうだ。当日は、披露の宴を家族のみで行い祝う。宴の間、新婦の顔には白いヴェールがかけられている。それは、前日に祈りを捧げた新婦を労う習慣なのだそうだ。確かに、疲れているだろうからね。


「――私のときは、こんな感じかしらね。寝不足で大変だったのよ。披露の宴の間、ヴェールがあったおかげで、半分寝ていられたから助かったわね。それにカインズさんは、寄りかかっても倒れないから、助かったわ」


 そう、母さまは笑う。花嫁のヴェールは、居眠りを誤魔化すためじゃないようにも思えうんだけど。


 母さまの助言によりやっと、タニアちゃんの受け入れ準備を進めることができる。それにしても驚いた。まさか母さまが、北の地ノザンロード、前ノザンリーブル辺境伯閣下の妹だったとは思わなかった。もちろん、アルフも聞いていなかったようで驚いていた。家族で知っていたのはおそらく、姉さまくらいだろう。


 どちらにしても、俺はタニアちゃんを受け入れるつもりでいる。裏にどんなはかりごとがあったとしても、彼女は俺のたった一人の教え子であり、妹みたいなものだ。それくらいの甲斐性がなくて、領主なんてやってらんないからね。でもなぁ、タニアちゃんを異性として見られないのもまた、事実なんだよね……。それは時間が解決してくれることを期待するしかないだろう。


 神殿の入口に、木材で衝立を作る。これで中の準備をしても外から見られることはない。


「おぉ……。神殿の中って、こうなっていたんだ。マイアラールナ様の青銅像。こんなに精巧に作られてるんだな」

「はいはい。掃除の邪魔です。あ、お館様、寝所に入ってはいけませんよ? 一応、男子禁制だそうですので」


 アルフは侍女たちに寝所へ行かせる。それは知らなかった。アルフはきっと、マークから注意を受けてたんだろうな。俺の仕事は、神殿内の換気。これは俺の得意分野だからね。


「さて、と」


 俺は手のひらサイズに小さくした、樹齢千年以上の木から切り出した杖を取り出す。小さいながらも、杖の先には発動体として、純白の魔結晶がはめ込まれている。本来杖は、腰から下ほどの大きさが一般的。だが俺は、持ち運びを考え、試しに試しまくったおかげで、この大きさにすることができた。


 領主になった初めての年、女王陛下に謁見した際、複製品を献上したらとても喜んでもらえた。それ以来、何気に傍らに置かれているのは気恥ずかしかった。いやはや、陛下が俺の大伯母様にあたるとは、思いもしなかった。だからって、態度が変わるわけではないんだ。陛下に捧げた忠誠は今も変わらない。けれど、余計に頑張らないととは思ったけどね。


「準備はいいかな?」

「はい。お館様」


 奥から侍女の声が聞こえてきた。奥にある換気の小窓を開けてくれているはず。これで換気ができるというものだ。


 俺は右手に杖を握り込み、左手の手のひらで魔結晶を覆うようにする。魔結晶に全身から魔力を集めるようにして、頭の中でどうなってほしいか念じる。外から新しい風を呼び込み、神殿の中に貯まった、古い風を追い出すように。ただそれは、マイアラールナ様の青銅像をくすぐる程度の、そよ風のように柔らかなものとして。


『我が体内に宿る魔力を糧に、一陣の風を起こしたまえ』


 詠唱は、起こすべき現象を自分で脳裏に描ける程度の、それを正しく発動するため集中するのに、必要十分な簡単なもので構わない。例えば今のように詠唱をしつつ、頭の中で『腹減った』などと余計なことを考えていたりしたら、集中力が途切れてしまい、魔術は発動しないか、発動後すぐに失敗する。

 別に詠唱なしでも発動は可能だが、感情の高ぶりに感応することが多く、総じて制御が難しくなる。魔術は正しく発動したようだ。海からの風が、優しさを持って神殿の中を通り抜けていく。何度も行ってきたことだから、暴走することはあり得ない。まぁ、こんなものだろう。


 俺は乾いた布で、マイアラールナ様の青銅像を丁寧に拭っていく。少々不安に思う懸念材料に、今後の展開を危惧しながら、俺自らの不安も拭えればと願うばかりであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る