06話.[気にしてないよ]

「おはようございます」


 さすがと言うべきか、彼女の起床時間は早かった。

 別に起こそうとしてきたわけじゃない、ただ気配を感じて目を開けたら挨拶をされたという形になる。

 寝癖とかもついてない、本当に綺麗なままの髪だ。


「あ、まだ寝ていていいですよ」

「ううん、順子がもう起きるなら私も起きるよ」

「それなら紗絵さんは寝かせておきましょうか」

「うん、そうだね」


 下に移動して時間を確認、うげ、まだ4時半か。

 すっごく早起きなんだな、ま、早く寝たときは私もこれぐらいに起きていたけど。


「和泉さんさえ良ければですけど、少し歩きませんか?」

「いまから? いいよ、顔を洗ってくるから待ってて」


 いや、彼女の方も顔を洗ったり歯を磨いたりしたいだろうからいい提案だろう。

 ふたりで準備をして大体45分頃に家を出た。

 もうすぐ梅雨になるという中途半端な時期でも5時頃はそこそこ明るかった。


「なんかいいね、理由がないと家から出ないから新鮮な感じがするよ」

「はい、たった少しでもいいので歩いてみるといいかもしれませんね」

「ただ、ここまで早起きなのはちょっと続かないかもね……」

「それは和泉さんの決めた時刻でいいですから。毎日◯◯時に起きてやろうと意気込むと続かないので、起きたら少し歩いてみようとか軽い感じでいいと思います」


 確かに意気込んで続いたことってないかなあ。

 小学生時代は7月中にに宿題を終わらせるとか言っておきながら8月最初のお祭りの日までかかってしまったりもしたし、逆に厳しくしすぎなければやるのだと気づいてからはある程度緩いルールにしていた。

 それでいままで問題なくやってこられているのだからいいだろう、もちろん周りの人が支えてくれているからだということは忘れていないけど。


「ありがとう、すっきりしたよ」

「付き合ってくれてありがとうございました、そろそろ戻りましょうか」

「もういいの?」

「はい、私もそんな何キロも歩くわけではありませんから、それに和泉さんが相手をしてくれてありがたいんです」

「いや、そんなこと言ったら私だって順子が相手をしてくれるのは嬉しいよ?」


 我慢しているだけなのかもしれないけどフラットに対応してくれるのがいい。

 だから関わるこちらとしては疲れなくて済むし、一緒にいたいと自発的に思い動けるから。


「ただい――」

「……どこに行ってたの」


 入り口のところで不機嫌そうな顔で紗絵が立っていた。

 順子ではなく明らかにこちらになんでと言いたげな感じ。


「私が無理やり誘ったんです、お散歩をしたかったので」

「そうなの? でも、そういう場合は起こして言ってからにしてほしかった」

「ごめんなさい、次があったらそうさせてもらいますね」


 ご、ご飯を作ろう、昨日は結局私がいる意味なかったからね。

 ご飯は昨日寝る前にセットしてあったから大丈夫だし、卵焼きとお味噌汁を作ろう。


「手伝う」

「え、座っていてくれればいいよ?」

「……いいから」

「じゃ、お味噌汁を作ってくれる? 私は卵焼きを焼くから」


 昨日頑張ってくれた順子には休んでおいてもらっておく。

 でも、今日も残念ながらほとんど彼女の作ったご飯となってしまった。

 いつ私はふたりに実力を見せられるんだろうか、そんなに信用ないのかな……。


「あ、ご飯が炊けるまであと30分もあるね」

「早く起きすぎたね」


 今日も休日だから急ぐ必要がないのはいいことだろう。


「あ、いまさら言うのもあれなんですけど……実は朝までという約束でして」

「え、まだ朝でしょ?」

「私の家の基準だと5時の時点でそうなるんです、なのでもう帰らないといけなくて」

「そ、そっか、じゃ……残念だけど」

「ありがとうございました、誘ってもらえて嬉しかったです」


 いや、逆にそれでよく泊まってくれたな。

 荷物を持って出た彼女を見送るためにちょっと付いていく。


「ごめんね、なにもしてあげられなくて」

「そんなことありませんよ、ここまでいいですから」

「家から全然離れてないけど……うん、順子がそう言うなら」

「また明日からよろしくお願いします」


 よろしくと返し、歩いていく彼女の背中をぼうっと見つめてしまった。

 はっとなって来た道を引き返して家に戻って。


「ただいま」

「和泉っ」

「わっ、どうしたの? そんなに不安そうな顔をしなくても帰ってくるよ?」


 この家は私の家なんだから。

 紗絵の元へだってちゃんと行くよ、テスト前とはもう違うから。

 全然こっちを利用してこない、寧ろ私の方が利用してしまっているからよく来てくれているなって冷静になるといつも思う。


「……起きたら誰もいないとか不安になるでしょ」

「あ、ごめん……気持ち良さそうに寝ていたから」

「お母さんのときのことを思い出して怖くなったんだ、ありえないのにこのまま帰らないんじゃないかって不安になって……」


 あ、亡くなったとかではなかったのか。

 わざわざお父さんが休んだのもそういう事情からくるのだということか。


「だからもう……一緒にいるときに離れるときは言ってからにして」

「うん、守るよ」


 あくまで限定的なことだから私でも大丈夫なはずだ。

 でも、彼女といるときに彼女以外のことを優先するってあんまりしないけどね。

 今回は3人だったら起きただけで、ふたりきりだったらこんなことはしない。


「ご飯食べよ? 順子の分も考えて作っていたからちょっと量も多いけど」

「うん、そうだね」


 ちなみに父が月曜日までお休みのため3日連続でご飯を外で食べるらしい。

 だから恐らくある程度したら寝室から出てくるのではないだろうか。


「なにもかも予想外だね、20時に寝て5時が始まりだなんて」

「でも、髪とか肌とかが綺麗な理由が分かった気がする」

「むぅ」


 事実その通りなんだから仕方がない。

 あとあのある程度余裕がある感じは雪那によく似ていていい。

 すぐに感情的になってしまうのは損ばかりだから。


「ま、順子の髪とか肌が綺麗なのは事実だけど」

「でしょ? 別に紗絵が良くないなんて言ってないよ」

「は、はあ? 別にそんなの気にしてないんですけど」


 これは嫉妬、してくれているのかな?

 私が他の子と仲良くしたら嫌だってこと?


「大丈夫だよ、私は必ず紗絵といるから」

「なに急に、別にそんなの求めてないんですけど」

「そっか、あ、食べ終えたから洗い物をしてくるね」


 正直に言えば雪那にも似たような感情を抱いていた。

 けれどあの子は父といることを選び、地元を離れ、離れ離れになった。

 こればかりは仕方がないことだ、自分の人生なんだから自分のしたいようにするのが1番だ。

 じゃ、いまの私にとってしたいこととはなに?

 最初のテストも終わって7月まではゆっくりできるという状態で、私はなにがしたいのかな。


「……自分のは自分でやる」

「そっか」


 とりあえず、食後30分ぐらいは歯を磨いてはいけないとは言われているけど忘れてしまうから磨いてしまうことにした。


「んー……」


 私は紗絵にどのような感じでいてもらいたい?

 勝手に期待して勝手に失望することはしたくないからあくまで普通でいいんだけど……。


「ぺっ、考えてもどうにもならないや」


 相手にその意思がなければ一方通行で伝えることもできずに終わるだけ。

 そもそもこれが恋感情なのかどうかすらも分かっていない。

 ただ甘えたいという感情はある、いてくれって言われる度に嬉しくなる自分もいる。


「和泉」

「どうしたの?」

「こんなこと言いたくなかったんだけどさ」


 大体は悪いことに繋がるからちょっと怖いかな。

 でも、彼女は優しいからそうはならないんじゃないかって願望もあった。


「あのさっ」

「うん、ゆっくりでいいよ、逃げないから」

「うん……」


 いつも結構はっきりと言う子にしては珍しい間の作り方だ。


「……あんまり他の子と仲良くしてほしくない」

「私は順子とぐらいしかいないよ?」

「そこそこ分かるから、順子は和泉といるとき凄く安心しているような感じだからさ」


 家に来てと言って実際にああして来てくれたのはそういうことなのかな。

 紗絵がいてくれたからとかじゃないのかな、紗絵が怖いって言っていた件はどうなったんだろうか?

 お化粧はもう薄い最初の状態に戻っているからマシになったのかな。


「でも、順子は友達だから」

「分かってるよ、わたしだって他の友達ともいたいって思っているし」

「だからつまり、放課後にこそこそとふたりきりで遊びに行ったりしていなかったらいいんだよね? 仮になにかがあっても紗絵に連絡をすればいいんだよね? 前者は分からないけど、連絡だったら必ずするよ」


 そういうつもりじゃないと言っても届かないなら連絡をするなどして妥協してもらうしかないだろう、私達は別に恋人同士でもないから縛られる謂れは本来ないんだけどね。

 でも、やましいことはなにもないと胸を張って言えるからこういう提案をさせてもらったわけだ、納得してくれると嬉しいかな。


「やだ……それでも不安になるから」

「と言われてもねえ、なにも発生しようがないからね」


 紗絵と順子を除けば1番仲がいいと言える雪那だって結構な距離のあるところに住んでいるわけだし。


「じゃ、私といてくれればいいんじゃない? そうしたら他の子を優先しないで紗絵を優先するって約束するよ。でも、紗絵が他の子を優先しているのに私だけ我慢を強いられるのはさすがに違うからね、やだと言われても守れないかな」


 そんなの友達だとは言えない、それこそ便利屋とかそういう関係になってしまう。

 私はあくまで対等の感じがいいのだ、仮にその先を求めるのならなおさらのことで。


「私と1番仲がいいのは紗絵だよ」

「嘘つき、雪那が1番でしょ」

「もう離れちゃったから、そうしたらどんどんと新しくしていかないとだめでしょ?」


 ないものを求めたって自爆するだけ。

 あの子はあの子のしたいように行動した、だから私もしたいように行動するだけだ。


「ね、お願い、私と一緒にいてよ」


 あくまでお願いする形。

 聞けないということなら残念だけど諦めるしかない。

 友達をやめたりはしないけど、やはり勝手に期待してしまう癖を直さなければならなくなる。


「ごめん」

「そ……っか」


 残念だ、だけどなにが変わるというわけじゃない。

 それでもあまり勘違いしないように適度に来るぐらいにしてほしいかな。


「あ、違うよ? ちょっと考えさせて」

「そうだね、勢いで決められても困るからね」


 後から私のせいでとか言われても困るし。

 どちらにしても彼女がきちんと考えて出た答えを聞かせてほしい。


「って、私達はこんなところでなにを話しているんだろうね」

「あはは、確かに和泉の言う通りだね」


 洗面所ならまだしも、その前の廊下で話しているんだから。


「本心からの言葉を聞かせてね」

「うん、7月までには必ず」

「うん、ゆっくりでいいから」


 焦らせてもいい答えを聞けることはない。

 それだけは嫌だから彼女のタイミングに任せることにしたのだった。




 5月最終日になった。

 明日になったら6月が始まり、6月が終われば彼女が口にした7月が始まる。

 そのときに守るも守らないも彼女の自由だけど、どちらにしても保留にはせずにきっぱりと突きつけてきてほしかった。


「和泉ちゃん」

「どうしたの?」


 珍しく真面目な顔で母が話しかけてきた、いやいつもと変わらないけど。

 大抵こういう感じの場合は悪い話に繋がることが多いから身構えることしかできない。

 もしかして全く相手をしてくれない父に愛想が尽きて離婚を? そうなったら母の実家に帰ることになって紗絵や順子と離れ離れに!?


「後ろのファスナーが閉まらないの……」

「あ、やるよ」


 紛らわしい! 神妙な顔で近づいて来たから驚いたじゃんっ。

 別に太っているというわけではなくて不器用だから閉められなかっただけのようだ。


「ありがとー」

「どういたしまして」


 せっかくの日曜日なんだからどこかに行こうか。

 少なくとも今日はまだ雨が降っていなくて楽しめそうだから。

 雨が降り出したら出かけることも容易ではなくなるから行っておいた方がいい。

 そしてたまにはこちらから誘ってみることにしよう、しかも家に突撃するつもりだ。


「はい――あ、珍しいね」

「うん、今日って暇?」

「んー、暇じゃないかな、いま順子が来ていてさ」


 へ、へえ、なら仕方がないな、やめておこう。

 ま、他の友達ともいたいと口にしたわけなんだから違和感はないね。

 でも、なんか残念だったからすぐには家に帰らずに適当に歩いていた。

 驚かせようとするのではなくきちんと連絡を取ってから行けば良かった。

 驚かせるつもりが逆に驚かせられていてどうするのって話だよ。


「えっ」


 ゆっくりと歩いていたら雨が降ってきて驚く。

 さっきまで晴れだったのに! 下ばかり見ていたのが悪かったか。

 雨宿りとかをするのも馬鹿らしいから家に一目散に帰って。


「ただいまっ」

「わっ、びしょ濡れだね……」


 風邪を引かないようにさっさとシャワーを浴びてしまおう。

 実際にシャワーを浴びつつ、これが所謂踏んだり蹴ったりというやつなのではと考えて苦笑していた。

 ……あの子の家に突撃しようとした私が悪いんだけどね。


「ふぅ、いきなり降ってきて驚いたよ」

「もう梅雨だからね、風邪を引かないように暖かくしてね」

「うん、雨に濡れて風邪を引くとか馬鹿らしいからね」


 が、翌日になったときのことだった。


「え、また紗絵――西田さんがお休みなんですか?」


 東野先生から風邪だと聞いて微妙な気分になる。

 昨日は順子と遊んでいましたやん、どこに風邪を引く要素があるの。

 順子は元気に登校してきているというのに、ちょっと弱いのかな。


「順子、紗絵が風邪を引いた理由は分かる?」

「いえ、私が帰るまでは家の中にいましたからね」


 ちょっとした気温の変化とかで駄目になるタイプなのだろうか。

 まあいいや、今度はなにかを買ってお見舞いに行くことにしよう。

 拒まれたらそれまでだけど、別にそれらが無駄になるというわけではないから。

 で、放課後に最初のときと同じく任されたプリントを持って行くことになった。

 順子は用事があるのと、あまり大人数で行っても負担になるだけだからということでひとりでの突撃となっている。

 ちなみに学校と彼女の家の大体中間地点ぐらいにコンビニがあって便利で、必要な物を買ってからの訪問となる。

 今日はちゃんと連絡もしたよ、そうしたら『分かった』と返ってきたので少しほっとした。


「あ……早かったね」

「上がらせてもらうね」


 今日はさすがにお父さんはいないようだ。

 確認してみたらまだご飯を食べていないということだったからうどんを作らせてもらう。


「はい、食べて」

「うん……いただきます」


 なんで熱が出たのなんて聞くことはしないでおこうか。

 少し弱々しい笑みを浮かべつつも「美味しい」って言ってくれている彼女の邪魔をしたくなかったから。


「今日も1階にいたの?」

「ううん、和泉が来るって連絡を送ってきたから下りてきたの」

「あ、ごめんね」


 本人だけしかいないと訪問が逆効果になりかねないというジレンマ。

 けれど行かないということは選択できなかった、玄関先で拒絶されるのだとしてもそれが分かるまではそんな選択肢はない。


「おつゆ美味しい」

「お母さんの真似しているんだ、ほっとするからいいかなって」

「うん、ほっとする」


 食べ終えたらここにいたのは自分のせいだけど部屋に戻らせて、


「ひやっとするけど我慢してね」


 ジェルシートを貼らせてもらう。


「やっぱりお母さんみたい」

「ふふ、私はここにいるから安心して寝なさい」

「お母さんはそんな喋り方してなかったよ」

「じゃ、お姉ちゃんになったということで、雪那の真似だけど」

「雪那……元気かな」


 心配しなくても元気だと思う。

 寧ろ向こうの方がこちらの心配をする、大丈夫なのかと。


「いまは人の心配より自分の心配をしなさい」

「はーい……」


 本当ならここにいてほしいのは雪那なのかもしれないね。

 でも、それでもいいよ、友達としてここに来ているだけだから。

 勝手なエゴだし、なんにも褒められたことじゃないんだけど。


「あ、プリントここに置いておくね」

「ありがと……」

「じゃ、もう帰るから、ちゃんと寝てね」

「やだ……」

「じゃ、もう少しいるよ」


 風邪のときにしか甘えてくれないからね、拒む必要もないか。


「昨日はごめん、せっかく来てくれたのに」

「いや、気にしてないよ、いきなり行った私が悪いんだから」


 謝る必要なんかないよ、別に急かすために行ったわけでもないんだし。

 だからいまは体調を治すために努めてほしかった。

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