05話.[ここにいますよ]

 テストも無事に終わって予定通りお泊り会をしようとしていたときのこと。


「長井さん……」

「す、すみませんっ」


 思いきり頭を下げられて困惑をする。

 私は頭を上げてもらいたくて何度も大丈夫だと口にすることしかできない。


「私がいる必要なかったね……」

「そ、そんなことないですよっ、大内さんがどの材料をどれぐらい使っていいのかとか、どの調理器具を使っていいのかなどを教えてくれたおかげでですね!」

「どっちもお母さんが買ってきてくれた物なんですよね……」

「ああ!?」


 もう少しで紗絵も来るだろうからこれ以上長井さんを困らせるのはやめよう。

 ちなみにただのオムライスではなくハヤシソースも用意してくれているから豪華だ。

 卵もふわふわで……紗絵いつまで遊んでるの、ふわふわの状態で食べられないじゃん!


「ごめんっ、ゆっくりしすぎた!」

「他を優先してくれと言ったのは私だけど、これを言い出したのは紗絵なんだからもっと気をつけるべきなのでは?」

「ごめんって、おっ、美味しそうだなー」


 両親は今日外で食べてくるみたいだ。

 たまには外食というのをしたかったらしい、なかなか行ける機会ないもんね。


「美味しいっ、けどこれ絶対に和泉は作ってないよね、順子作だよね」

「はい……」

「そ、そんなことないですよっ、大内さんがいてくれたおかげで捗りましたから!」


 そういう必死のフォローというのは逆に相手を傷つけることになると知った方がいい。

 少なくとも今件に関しては堂々としていてくれた方が私のためになる。


「順子は何気にスペック高いからなあ」

「やらないと両親は帰ってくるのが遅いですからね」


 くっ、専業主婦の母がいてくれるからって甘えすぎた害なのか?

 手伝いはするけどゆっくりしていてくれればいいと言われたらすぐに言うことを聞いてしまう人間だから駄目なのかあ!? 

 ……む、無理やり加わることが相手のためになるわけじゃないからとかって言い訳をしてしまうのが悪影響となっているのだろうか。


「わたしもやらないとお父さんが帰ってくるの遅いからね」

「そういえば紗絵さんのお家は……」

「うん、お母さんはいないんだ」


 代わりに聞いてくれて助かった。

 結構無神経に口にしちゃうところがあるからなにが相手にとって地雷になるのか分からないしね、仲が良くなろうがこのことに関してはいつまでも気をつけなければならないことだろう。


「だからお父さんには感謝してるよ、頑張って稼いでくれてね」

「私もそうです、両親がいてくれているおかげで元気に暮らせていますから」


 わ、私だって両親には感謝しているけどなんとなく言いづらかった。

 他の子と思いの強さを比べる必要はないと分かっていてもそう、なんか引っかかる。


「ごちそうさまでした、今度順子に教えてもらおうかな」

「そ、そこまででは、あ、洗い物は私がやりますね!」


 じゃ、私はお風呂でもためにいこうか。

 栓をして機械の電源が入っていることを確認してから自動スイッチを押して。

 なんとなく水からお湯へと変わり、湯船の中を満たしていく様を見ていた。


「どうしたの? 今日は口数が少なかったじゃん」

「寝るときどうしよっか、一応敷布団は1組あるけど」

「んー、わたしが下でもいいけど」


 彼女はこちらの頭に手を置いて「その際は和泉と寝たいなあ」と言う。


「仲間外れになるようなことはしたくないよ」

「別にそういうつもりはないよ、そもそも誰かは下で寝なければならないでしょ」

「それならおふたりがベッドで寝てください、私なんか片隅にでも転んでおけばいいですから」


 聞いていて気持ちのいいことではないだろうから結局私が布団で寝ることにした。

 幸い、紗絵が文句を言ってくるようなこともなく平和に解決、できた気がしていたんだけど。


「大内さん、気にしないでください」


 長井さんがそれに待ったをかける。

 一応長井さんのことを考えての発言であったから納得してくれると思ったんだけどな。


「え、でも」

「私は誘ってもらえただけで十分です、だって本当ならふたりきりが良かったですよね?」

「別にそんなことはないよ、長井さんだって友達だもん」

「そう言ってもらえるのもありがたいです、それでも変な遠慮をする必要はないんですよ」


 待って、そんなに私が紗絵と寝たいんだと考えられてるの?

 元々私はベッドの方を貸すつもりだった、洗濯だって母がしっかりとしてくれているから臭いとかも気にならなかったからだ。

 もちろん、自分の異常な臭いに気づいていないだけでふたりからすれば臭いという可能性もあるけど、それでもお客さんのどちらかを床で寝かせるなんてありえないと思ったから。

 最低限の常識はあるのだ、変な遠慮をしたわけではない。


「長井さん、私達は別に恋人同士というわけじゃないからね?」

「えっ、違うんですかっ?」

「違うよ!」

「ごめんなさい、私はてっきりおふたりがお付き合いをしているものだと……」


 逆に普段の教室での距離感を見てよくそういう風に思えたなというのが正直な感想。

 今日だって他を優先して遊んでいたくらいなんだぞ、そもそも向こうがないって言うでしょ。


「よし、順番にお風呂に入っちゃおうか」

「そ、そうですね」

「順子からでいいよ、あ、順子って呼んでいい?」

「は、はい、それなら私も和泉さんって呼ばせてもらいますね」


 着替えを持ってくるということだったので私も出ることにする。

 リビングにではなく自室に戻って少し休憩。


「ねえ、なんでさっきあんなに必死に否定したの?」

「うわっ!? つ、付いてきてたの?」

「答えてよ」


 だって彼女にだけ友達になってくれと順子は言ったんだ。

 少なくともなんらかの興味を抱いていなければそういうことにはならない。


「あ、どれを使っていいか説明してくるよ、タオルも用意してあげなくちゃ」

「ふーん」


 うん、いまだけはこの前順子が言っていたことが分かる気がした。

 真顔になると怖い、だからっていちいちおどおどとするほどじゃないけどね。


「順子、入ってもいい?」

「あ、ここにいますよ」

「あ、タオルを置いておくね、あとどれを使っていいのか説明しに来たんだ」

「ありがとうございます」


 とはいえ、母専用の物以外は1種類ずつしかないから悩む必要もない。


「和泉さんは私が紗絵さんのことを気にしていると思っていたんですね」

「あ、聞こえてた? うん、そういう感じなのかなって」

「紗絵さんには悪いですけどないですよ、だから気にする必要はないんです」

「そうなの? そうなんだ」


 うーん、こういうタイプは隠そうとすることもあるから完全には信じられないかなあ。

 ただまあ、あんまり細かく聞くと嫌われる可能性があるからしないけど。

 しかも説明するという役目を終えた私にはやらなければならないことがあるから。


「じゃ、ゆっくり入ってね」

「はい、ありがとうございます」


 2階へ戻って扉の前でひとつ深呼吸をする。

 が、開けようとしたところで先に開けられて微妙な感じになってしまった。


「教えてよ、なんで?」

「あ、順子が気にしているのかと思ってさ」

「入って」

「あ、うん、入るけど」


 何故か私が床に座り、紗絵がベッドに座るという構図となった。

 こちらを見る目は少し冷たい、いつもの温かさはそこにはないのかもしれない。


「だからって……あんなに必死に否定しなくてもいいじゃん」

「ごめん……」

「もう許さないから、今日は絶対に和泉と寝るから」

「ま、順子もいいって言ってくれているから、ね」


 寝るのはこれで2回目……とはならないだろう。

 あれは雪那もいたからノーカウント、そういうのもあってこの前とは違う。


「しかもちゃっかり順子のこと名前呼びし始めるし」

「仲良くなりたかったんだ」

「それはいいけど……むかつく」


 そう言われても複雑だ。

 もし誘われて泊まりにいった先で自分とは関係のないふたりだけが仲良くしていたら嫌だろうから、同情というわけではなく自分がされて嫌なことをしたくないというだけ。


「あとあれだよ、雪那と別れるからって泣いたりしてさ」

「寂しかったんだもん……」


 また数ヶ月か下手をしたらそれ以上会えなくなるかもしれないという状況に陥ったらそうなるよ、順子だって号泣すると思うよ。


「そんなにわたしじゃ頼りない? 確かに雪那よりは頼りないだろうけどさ」

「そんなわけないよ、あ、でも不信感はあったよ? 結局利用したいときにだけ来てくれるんだろうなって」

「そんなことしない」

「うん、それはこの前のことで分かったよ、だから真っ直ぐに信じることにしたんだ」


 彼女の手を握って優しく上下に振る。


「いつもありがとう」

「……いちいちお礼なんていいよ」


 手を離して順子を迎えに行くことにした。

 人の家を移動するのだって緊張するだろうからいてあげないと。

 紗絵の方は大丈夫、私よりもしっかりしている子だからね。


「順子」

「あ、ゆっくりしすぎてしまいましたか?」

「ううん、順子を迎えに来たの、部屋まで案内するね」


 おぉ、いつもは三編みにしているから下ろしているのはかなり新鮮だ。

 そう考えると毎日毎日朝から大変そうだ、そのままでも可愛いけどな。


「ありがとうございます。でも、無理していませんか?」

「してないよ、順子には私から友達になってって言ったんだから」

「それなら良かったです」

「あ……その、やっぱり一緒に寝ることになって、さ」

「気にしなくていいですよ、寧ろ仲良くしているところを見られるだけで安心できます」


 彼女を連れて部屋に戻り、紗絵にはお風呂に行ってもらった。

 タオルはまとめて人数分置いてあるし、母専用の物は専用! って感じの隔離がなされているためいちいち教えなくても分かるだろうから。


「いいんですか、行ってあげなくて」

「あ、洗面所に? いいんだよ、たまには順子と話をしておかないと」

「教室からすぐに逃げ出しますもんね」

「私のところに来てくれればいいのに、そうしたらいくらでも相手をするよ?」

「それなら頑張ってみます、逃げてばかりではなにも変わりませんから」


 今日ここに来られている時点で十分強い。

 紗絵もいるとはいえ大して仲の良くもない人間の家に来られたのだから。


「順子ってなにが好きなの?」

「私は人間観察が好きです、それで最近気づいたことがありまして」

「え、なにに気づいたの?」


 彼女は笑みを浮かべて黙ってしまった。

 えぇ、まあこれなら苛められているとかそういうのじゃないよね?

 私に言えないような面白いことが分かったということだ。


「紗絵さんを迎えに行ってあげてください」


 じゃ、着替えを持って行くとしよう。

 一応、声をかけてから洗面所に入らせてもらう。


「ばっ――」


 いいよと言われたから入ったのにその先にいたのは……。


「もう入りなよ、お湯はあんまり使っていないし汚してもないから大丈夫だよ」

「あの、そういう問題じゃなくてですね……」

「分かった分かった、ここで待っていてあげるから」


 こういう点はまず間違いなく雪那の方がいいな。

 一旦廊下に出てもらっている間に全て脱いで浴室へ突撃。

 紗絵と一緒に寝る予定だからしっかりと洗ってから湯船にも突入。


「どばんっ」

「髪を結ってないのは新鮮だね」


 いつも後ろでまとめているから別人に見える。

 お化粧をしていないと少し童顔になるのも拍車をかけていた。


「紗絵ってなにが好き?」

「また漠然とした問いだね」

「私はお掃除とか好きだよ、捗りすぎちゃうのが難しいところだけど」


 これは母も同じこと、と言うより母からしっかり遺伝されていることになる。


「んー、最近はある女の子といるのが好きかも」

「もしかして、私?」

「うわぁ……さすがに自意識過剰すぎるよ」


 わ、分かってるわい、ただ言ってみただけじゃないか。

 ちょっと恥ずかしくなりすぎて潜ってみた。

 水中にいるとなんか不思議な気分になる。

 目を閉じているからというのもあるかもしれないけど、うん、じっとしていたくなる感じ。

 ま、元々動けるほど広くはないから仕方がないんだけど。

 少し限界に挑戦してみることにした。

 ちゃんと息を吸ってから潜ったからまだまだ耐えられる。

 途中途中に少しずつ息を吐いて苦しい状態をなんとかして。

 あともう少しで新記録に到達! となったときのことだった。

 頭を掴まれ無理やり上げられたのは。


「ばかっ、心配になるでしょうが!」

「あはは、自分で管理できていますよ」


 あーあ、濡れちゃってるじゃん……。

 仕方がないから後で服を貸しておこう、このままだとまた風邪を引いちゃうから。

 長風呂派というわけでもないから出ることにする。

 もう思いきりガン見されているから気にせずに堂々と。


「服を貸すから着替えなよ」

「……和泉は?」

「部屋に行って新しいのを着るから、そのときは紗絵に取ってもらうからね」

「分かった」


 さすがに順子は見たくないだろうから突撃はできなかった。

 不快にさせることって結構なんてことはないことであるからなあ。

 露出狂というわけでもないから、それに信用されたいときにすることじゃないよね。


「もう、いつまで不安そうな顔をしてるの?」

「……本気で心配だった」

「苦しかったら顔を出すよ」


 仮に足が攣ったってすぐに顔を出すことができる。

 調子に乗って底に仰向けで潜っていたというわけではないんだから。


「ごめんっ、分かったからもうそんな顔をしないでっ」

「うん……」


 なんかいつもと立場が逆転している気がする。

 だからって嬉しいとは思わないな、こういう余裕のない感じは彼女らしくないから。

 先に彼女を部屋に戻らせて1階の和室から寝具を持っていくことに。


「よいしょっと……」

「結構横幅が広いんですね」

「うん、お父さんが大きめのを好むんだ」


 ま、そのおかげでふたり転んでも十分余裕があるからいいけど。


「悪いんだけど順子はベッドで寝てくれるかな」

「え、ベッドでいいんですか? 逆の方がいいと思いますけど」

「だからってお客さんに布団で寝てもらうわけには……」

「大丈夫です、寧ろこっちの方がいいですよ」

「あっ! く、臭くないよ? ちゃんとシーツとか洗ってあるよっ?」


 母がマメな人だから3日に1回ぐらい洗ってくれてあるから大丈夫。

 ……それでも信じられないということならこっちの方がいいかもね。

 押入れの臭いはするけど、人の体臭は恐らく臭ってこないから。


「いつも布団で寝ているのでいいということですよ」

「そ、そっか、じゃ……順子もそう言ってくれていることだし」

「はい、そもそも部屋主である和泉さんが遠慮するのはおかしいですよ」


 遠慮なのか? 人として最低限の常識なのではないだろうか。

 どうせ順子だってお客さんが来たら同じようにするはずだ。

 あ、その際も布団だから気にならないということなのかな。


「それなら寝る時間までどうしよっか」

「え、20時頃は寝る時間じゃないんですか?」

「「え? まだ起きている時間だよ? それどころか1番落ち着ける時間だよ」」


 思わずシンクロしてしまうぐらいには普通ではなかった。

 だってそれじゃあまるで……おじいちゃんやおばあちゃんみたいじゃないか。

 いや、小学生時代なら親が細かく言ってくるからまだ分かるんだけど……。


「こ、こちらのことは気にしないで盛り上がってくれていいですからね」


 結局、習慣づけているからなのかもう眠たいらしく彼女は転んでしまった。

 これじゃ電気を消してあげないと可哀相だから1階に行くことにする。


「さすがに……あれには合わせづらいね」

「そ、そうだね……」


 また夜中に起きてしまったら怖いから私としても無理だ。


「どうしよっか」


 この前父が来てくれたときもそうだったんだけどなにもないんだよね。

 いつもは母や父と会話をして寝る時間がきたら寝る、という風にできるんだけど、せっかくお客さんである順子と紗絵が来てくれているんだからそれじゃあ寂しすぎる。

 ま、順子は寝てしまったから紗絵の相手だけをすればいいんだけど……。


「体重を預けてもいい?」

「うん、いいよ」


 なんか今日は弱々しいというか彼女らしくないな。

 実はそっくりな双子の姉か妹だったり、なんてね。


「どうしたの? 今日はなんか大人しくない?」

「いや、和泉のせいだから……」

「さっきのはごめんって」

「……だから甘えてるの」


 それなら甘えてもらおう。

 私はまた心配をかけてしまったようだから気をつけないとね。

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