04話.[分かっていたわ]

「ふぃ~、着い……たよね?」

「うん、ここから2キロぐらいだって」


 初めて来た隣の県。

 私が雪那がいると分かっていても行こうとしなかった理由はそういうところにある。

 電車に乗ることすらなかなかないから不安なのだ、1回目的地とは反対側に向かう電車に乗ってトラウマになっているし。


「なにそわそわしてるの?」

「いや……不安にならない? なんにも知らないところって」

「ま、分からなくもないけど、こうしてマップでどうすればいいのかを案内してくれているわけだからね」


 別にここが物凄く都会というわけではないけどやばい、田舎者っぽさが自分からはすっごく出ていると思う。

 紗絵ちゃんが誘ってきてくれたからとはいえ、やっぱり気軽に行くなんて言うべきではなかったんだ。


「お、ちょっとコーヒーでも飲んで行こっか」

「うぇ、こ、ここは……」

「そんなに構えなくても普通にしていれば大丈夫だよ、行くよ」

「ああっ」


 彼女が行くのなら付いていくしかないじゃないか。

 で、入ってみたら余計に場違い感が凄くなった。


「さ、紗絵ちゃんと同じでっ」


 分からないから適当に注文を済ませ、端の方で縮こまる。


「ほら、席に座って飲も?」

「う、うん、あ、お金……」

「後でいいよ、ほら早く」


 違う、こうやってキョドったりすればするほど場違い感が目立つのだ。

 寧ろ慣れない場所だからこそ堂々と胸を張るっ、そうすることで自信も出てくる、はずだっ。


「うぇ、苦い……」

「シロップとかあるじゃん、ちゃんと入れなよ」

「うん……」


 これは苦い思い出になりそうだ、なんてね。

 少し上手いことを言っちゃいつつ、甘くなるための魔法を施したら途端に甘くて美味しい飲み物に早変わりした。


「和泉、これから知らないところに行くときはわたしを頼りな」

「なにその口調……ま、あんまり機会はないけど頼らせてもらうよ」


 ここがメインの目的地というわけではないから飲んである程度したところで外に出る。

 あんな小難しいお店から出てきたからなのか、もう私の中に不安というのはなかった。


「着いたよ」

「おぉ、一軒家だったんだ」


 ただ、購入したわけではないだろうからほとんどの確率で賃貸だと思う。

 いやそれでもすごい、だって雪那の実家と同じぐらいの大きさがあるもんここ。

 彼女はGWのときとは違い一切躊躇なくボタンを押して呼び出していた。

 すごいな、分かっていても緊張しそうなものだけど。


「はい、あ、来たのね」

「やっほー」

「上がって、そっちで間抜けな顔をしているお嬢さんも」


 余計なお世話だい、ひとりで来られるようなところではないけどね!

 似たような感じを選んでいるのかあまり変化というのはなかった。

 許可を貰ってからソファに座らせてもらい、座った途端に凄くほっとして。


「混んだりしていなかった?」

「うん、そのために混んでる時間帯をずらして来たから」

「そう、良かったわね」


 あれぇ? なんか雪那と紗絵ちゃんがずっと前から友達みたいな雰囲気を出しちゃってるよ?

 なら途中から友達になった私は黙って端の方で大人しくしていよう……って、あれ? サプライズ的なものじゃなかったっけ?

 当たり前のように対応されているけど、もしかして彼女が言っていたのかな?


「なに変な顔をしているのよ」

「驚かないの?」

「紗絵があなたを連れてくるだろうということは分かっていたわ、寧ろひとりで来ていたらその方が驚いていたわよ」


 え、なにその信頼、なんか寂しいな。

 どんどんと古い存在は切り捨てられ新しい存在で上書きされていくこの感じが。


「こっちは関わっている時間が少ないからだけどさ、なんかお互いに分かり合っていますよ感が凄くて寂しいんだけど」

「ふふ、小学生の頃から一緒にいたもの、頼みこまれればすぐ折れるしかできないこの子のことはよく分かるわよ」


 確かに何度も言われるとじゃあ……ってなることが多い。

 最初はうーんって感じの態度を出しておいて結局、というパターンが多かったからだろうか、なんか分かられているのも恥ずかしいな。


「あ、そういえば高校に案内してほしかったのよね? 行きましょうか」

「うん」

「私は待っていてもいい? なんか疲れちゃって」

「「だめ」」

「Oh……」


 約10分後、彼女が通っている高校の校門のところに来ていた。


「でっか」

「確かにあなた達の高校と比べると大きいわね、移動するのも大変よ」


 はぇ~、大きい、これで公立高校だって言うんだからすごいな。

 私の中では私立=大きいというイメージがあるから余計に。


「お腹減ってない?」

「うん、さっきちょっとコーヒーを飲んできたから」

「じゃ、後で作ればいいわよね、無駄にお金を使わなくて済んで良かったわ」


 私としてもこれ以上の出費は抑えたいから助かった。

 高校を案内してもらっただけで満足したのか家に帰ることに。


「帰るのは夕方頃よね?」

「そういうことになるね」

「明日まで泊まっていけばいいのに」

「雪那がいいなら泊まらせてもらうけど、和泉だって嬉しいだろうからね」


 そういうこともあろうかとちゃんと着替えは持ってきていますよ。

 でも、急遽変わった予定を前に驚いて持ってきていないふりをした。

 下着だけは替えて、服とかは雪那のやつを借りればいい。


「さっきからあなたは忙しいわね、不安そうな顔をしていたりニヤリと笑ったりしていたり」

「わ、私もお泊りしたいな~なんて」

「それでいいからもう少しぐらい落ち着きなさい」

「はーい」


 私にとっては未開の土地を進んで来たわけだから酷く疲れた。

 だから遠慮なくだらぁとさせてもらうことにして。


「……別にいいけれど実家のように寛ぐのね」

「うへ~……もう今日は動かないよ~」


 これじゃあ親しき仲にも礼儀なしだけどずっとするわけではないから勘弁してほしかった。




「寝た?」

「ええ、気持ち良さそうに寝ているわ」


 ご飯を食べて入浴を済ませたらすぐに寝てしまった。

 だから電気も点けられないまま部屋にいることになる。


「他県に行くことなんて滅多にしないもの、だからこうなるのも無理はないわね」


 隣の市に行くときだって緊張していたぐらいだから。

 

「なんか雪那って和泉の恋人みたい」

「そんなのじゃないわよ」


 あくまで最初は同級生で同じクラスになった者同士というだけだった。

 ただ、係が一緒になってからは関わる機会も増えて、友達になってという感じで。

 小学校低学年なんて盛り上がれればどんな相手だろうと一緒にいようとするものではないだろうか。

 意外だったのは高学年になっても中学生になっても友達どころか親友レベルになれるまでの仲でいたこと。

 去られても気にしないタイプだったからさすがに驚いた。


「それにしてもよく連れて来られたわね」

「お願いって頼んだら受け入れてくれたよ」


 結果はほとんど分かっているとはいえ、そこまでたどり着くのに時間がかかる。

 恐らく和泉にとって友達だとはっきり言える子がこの紗絵だけなのだろう。

 要求を拒み続けていたら嫌われてひとりになってしまうという考えと、否定から入る癖がごちゃまぜになった……のかもしれない。


「雪那も嬉しいだろうからと言ったのが決め手になったと思う」

「実際に会えるのは嬉しいわ」


 母と別れる寂しさ、地元を離れる寂しさ、それと同じぐらいの寂しさが確かにあったから。

 

「あからさまな感じを見せられるとなんか悔しいよ」

「学校ではどうなの?」

「基本的に席に座っているだけかな、来てくれることはほとんどない」


 約1ヶ月で物凄く信用して心を開くような子ではないから無理もないことだ。


「ひとつ落ち着かせられる方法があるわ」

「それってどんな?」

「こういう風に優しく頭を撫でてあげればいいの」


 ……こういう風にして惚れられてしまったことがあるからあくまで表情を変えずにしてみた。

 彼女は至って普通の感じで「わたしがしても効くのかな?」なんて聞いてきている。


「大丈夫、そこにきちんと安心してほしいという気持ちが込められていれば問題もないわ」

「そっか、じゃあいまはテスト週間だから勉強が終わった後なんかにしてみる」

「あの子はそういうことで不安を抱くようなことはないけれどね」


 あの子が不安を抱くときは新しいなにかに挑戦したりとか、新しい環境に変わったときぐらいだろうか。

 できることなら高校も一緒に通いたかったけれど……。


「私にはもうできないことだから言うわ、和泉を支えてあげてちょうだい」

「うん、できる限りね」


 少しの安心と、少しの寂しさと。

 でも、離れることを選択したのは自分だから被害者面はできない。

 だから頼むしかないのだ、いまあの子の側にいてくれる子に。




「ん……え」


 確認してみたらまだ朝の4時だった。

 左隣には雪那、右隣には紗絵ちゃんが寝ている。

 地味に2時から4時間は怖いみたいなイメージがあるから雪那に抱きついて寝ておく。

 でも、早くに寝たせいでこういうときに寝られないのが私なんだよね……。


「……どうしたの?」

「怖くて……」

「そう、ならそうしていればいいわ」


 じゃ、次にいつできるか分からないから彼女達が起きる時間までこうしていよう。

 なんならこれが最後かもしれない、彼女に大切な人ができる可能性の方が高いから。

 で、彼女に触れていたらあっという間にまた眠くなって寝ちゃったんだよね。


「和泉、起きて」


 静かに体を起こしてから気づいた、極上の抱き枕がなくなっていることに。


「雪那は?」

「下でご飯を作ってくれてるよ」

「そっか……なんかいっぱい寝ちゃったなー」


 本来であれば自宅のベッドですやすやしているところだったけど泊まれることになっちゃったからね、ハイテンションになりすぎて疲れちゃったんだと思う。

 しかも隣には雪那がいてくれるとあっちゃ、安心しかないから。


「わたしもそうだよ。でも、まさか和泉が雪那に抱きついて寝ているとは思っていなかったけどねー」

「あはは……4時頃に目が覚めちゃって怖くてね……」


 ベッドから下りて部屋を出ようとしたら紗絵ちゃんに呼び止められ足を止める。


「昔もしてたの?」

「うん、泊まったり泊めてくれたりしたときはね」

「ずるい」

「え?」


 あ、そういえば雪那に興味があるんだっけ。

 確かにそんな子の前で嫌なことをしちゃったかな。


「ご、ごめんね、最後のつもりで甘えさせてもらったんだ」

「なんで最後?」

「会える機会も少ないし、そもそもこういうことは相手に大切な人ができたらできなくなることだからね」


 一緒の高校に通いたかったけどそれはもう叶わない。

 それならばせめて一緒にいられるときだけはって考えてしていた。

 怖いのもあったけど触れていたかった、自分の想像以上に寂しがっていたんだ。


「そんな寂しいこと言わないであげて、雪那はいつでも和泉のことを考えているから」

「でも、紗絵ちゃんが本当は甘えたいんでしょ?」

「え? あ、そういう……」


 どういう……と考えていたらぎこちなくではあったものの頭を撫でてきた。


「昨日、こうすれば和泉は落ち着くって雪那が教えてくれたんだ」

「うん、実際に頭を撫でられるのは好きだから」


 相手は雪那じゃないけど生きていれば変化するものなのだと教えられている気がした。

 ふたりで1階に移動してお父さんがいない間は家主の娘さんに挨拶をする。

 顔を洗わせてもらって歯も磨いて、すっきりした状態で朝ご飯を食べさせてもらえることになった。


「和食でいいね、パンより白米派だから」

「私もそうよ」

「わたしはどっちでもいいかな」


 いまこうしている間にも別れの時間は近づいていく。

 ただ息を吸い、適度に座ったり立ったり話したりしているだけであっという間に時間は経過していくんだ。


「来てくれてありがとう」

「寧ろ迎えてくれてありがと、和泉は……泣いちゃってるけど同じだと思うよ」

「ふふ、泣かないの、別に最後というわけではないじゃない」

「だっでぇ……」


 次に会えるのは夏休みということなんだから寂しいじゃないか。

 会おうと思えば会えるけど、交通費とかだって案外馬鹿にならない感じだからね。

 そもそも彼女に会う気がなくなったら終わりだ、直接顔を見られるのはこれで最後かもしれないし。


「あ、電車がきたわね、紗絵」

「任せて、それじゃあね」

「ばいばいぃ……」


 電車が発車するまで扉の向こうの彼女を見ていた。

 目に焼き付けるように、彼女は柔らかい笑みを浮かべて『またね』って口パクで言ってくれたのが見えた。

 走り出したらそれを追うなんてことを彼女はしなかったから邪魔にならないように紗絵の横に移動した。


「……いい?」

「うん、着くまでそうしていればいいよ」


 彼女の腕を抱きつつ体重を預けてから気づいた。

 結局のところ自分が不安だったり、怖かったり、悲しかったりした際に他人を利用しているだけなんだって。

 そう気づいてもなおやめようとしない私がいて……。


「ごめん、やっぱりいいや」

「なんで? 雪那じゃないから?」

「相手を利用しているだけだから、私はなにも返せないから」


 寧ろ私に比べたら彼女はこちらを利用してきてなんかいなかった。

 それなのに悪く考えてしまって、新しい友達を作らなきゃとか考えて長井さんに頼んでしまったのを後悔している。

 こっちを支えてくれる人というのを無自覚に求めているんだろう。

 だから不安定の感じの彼女だけでは足りないと考えてしまったの……かもしれない。


「いいよ、利用してくれても」

「……なんで? 紗絵ちゃ――」

「呼び捨てでいいよ」

「紗絵にとっていいことなんかなにもないでしょ?」


 そもそも、現時点で放課後以外はあんまり一緒にいられていないし。


「だってわたしは和泉を利用したよ、不安だったからそれをどうにかしたくて話しかけてね」

「でもさ、それだって友達でいてくれているわけだから利用されたとは思っていないよ」

「あ、友達になってからは違うよ? 想像通りいい子で一緒にいたいって思ったの」


 いまは長井さんがいてくれているからあれだけど、彼女がいてくれなかったら高校最初からひとりぼっちだった。

 もしかしたら高校3年間そうなったかもしれない、そうしたらたまに帰ってきた雪那に甘えすぎてしまって困らせたことだろう。


「だから不安にならないで、わたしはちゃんと前にも言ったように行くから」

「ありがとう、だけどそれなら長井さんの相手もちゃんとしてあげてくれないかな」

「順子の? 別に普通に行くけど」

「うん、支えてあげてほしいんだ、私もたまにそうだけど教室にいるのが不安なんだって」

「あぁ、確かに輪に入れないと気になるよね、分かった」


 いい方に働いてくれればいいけど。

 紗絵が怖いと言っていたことは告げてはいない。

 それを私が言うのはやはり違う。

 長井さんが私を信用して言ってくれたというわけではないだろうけど、ぶつかるなら自分でするべきだからだ。


「って、雪那の言う通りじゃん」

「どういうこと?」

「自分が不安なくせに他の子のことを考えてあげてってよく言うから気をつけてって言われてたんだよ」


 実際にそうだから……違うとは言えないなあ。

 いざこっちを向いてくれることになったら途端に申し訳なくなって他の子を見てあげてって言いたくなるんだよね。


「順子のこともちゃんと相手をしていればいいんだよね?」

「うん、あとは紗絵の友達を優先してからでいいよ、最後に来てくれればそれで」


 彼女もこちらに体重を預けてきて「……中学時代の子達とは違うなあ」と呟いた。

 少なくともこの前見た限りではちゃんと考えていてくれていそうな子達のように感じだけど。


「ま、とりあえずテスト頑張ろうね」

「そういえばそうだね、頑張ろう」


 明日と明後日を過ごしたら本番になる。

 また放課後にゆったりとした時間を過ごして帰る毎日に戻るんだ。

 でも、それでいい、昨日と今日みたいな非日常感がある時間はいいことばかりということでもないから。


「終わったら今度は和泉の家に泊まりに行くよ、そのときはご飯作ってね」

「え゛、お、オムライスぐらいならなんとか」

「それでいいよ、あ、そのときは順子も誘おうか」

「そうだね」


 ……長井さんにご飯作りを手伝ってもらおう。

 なんかできそうなイメージがあるから同じ食材ですごいのを作ってくれそうだ。

 そうしたら紗絵を驚かせられるだろうし、その光景を写真に残して雪那に送れば安心してくれるはずだから。

 雪那には心配をかけることばかりしてきたからこれぐらいはね、少しだけでも安心してくれるといいなあ。

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