03話.[たまにだけどね]

「和泉」

「あ、紗絵ちゃん」


 あれから席替えもあって席が離れてしまった。

 彼女は自分の席の周りの同性とよく盛り上がっている。

 対する私は教室のなんとも言えない窓際の方の席でじっとしているのが唯一できることだ。


「雪那とあれから何度も会っていたんだけどさ、魅力的な子だったよ」

「うん、そうだね」


 彼女が他人の名前をすぐに呼ぶのは私のときもそうだったから気にならない。

 だけど何度もって、そんなにGWは長かったわけでもないのにすごいな。

 付き合った雪那もそうだし、それだけ一緒にいようとした彼女もそう。

 興味があるってその場だけのものではなかったんだ。

 会ってからそれを本当のものにしたということだろうか。


「じゃ、良かったね、あのとき一緒に帰ってきていて」

「そうだね、あれを逃していたら和泉は自分の口から雪那という女の子がいるって教えてくれはしていなかっただろうからね、だからあのときのわたしはナイス判断だったよ」


 どうやら今週の土曜には雪那に会いに行くらしい。

 わざわざ他県になんて……ご苦労なことだと思う。

 彼女はとにかく楽しそうだった、と言うよりも楽しみにしているようだった。

 ……いい加減、新しい人を探そうか。

 とりあえずはテスト勉強をちゃんとやってから、テストが終えてからにしようと決めた。

 そっちもやりながらこっちもやるだなんて器用なことはできないから。


「そうだ、和泉も行く?」

「いや、別に雪那も求めていないだろうから、約束しているのは紗絵ちゃんなんだからさ」

「そっか、じゃあひとりで行ってくるね」

「行くときは気をつけてね」


 ということはかなりの余裕があるということか。

 だってテスト週間に行くということなんだから。

 ふぅ、お弁当も食べ終えたから少し歩こう。


「あ、大内さん」

「東野先生」


 いまさっと先生の背に隠れるようにしたのは紗絵ちゃんにお友達になってくださいと言っていた子だ。


「大内さん、長井さんといてあげてくれないかな」

「彼女は大丈夫なんですか?」

「いまちょっと微妙な状態かもしれないけど少しすれば落ち着くから」

「分かりました」


 とりあえず階段の段差に座ったら彼女も座ってきた。

 それにしても、先生達っていつお昼ご飯を食べているんだろう。

 自分の作った物や買ってきた物を職員室で食べるってことなの? 私だったら雰囲気が重くて嫌だな。


「どうしたの? あ、言いたくないならいいんだけど」

「……教室にいるのが苦手なんです」

「そんなに派手な人達がいるというわけでもないけどね」


 男の子も比較的静かな子が多い。

 中学時代はおふざけがすごかったから驚いた。

 やっぱり男の子=という考え方をしてしまうのは駄目なんだ。

 とにかく、女の子にしたって盛り上がりたい子達と勝手に盛り上がっているだけだからいいと思うけどな。


「紗絵ちゃんはいいの? 友達になってからあんまり一緒にいるところを見ないけど」

「……紗絵さんが怖いんです、なんか最初のときと違っている感じで」


 正直に言って中学時代に苛められるような子ではなさそうというのが正直なところ。

 だからといって怖いとは思わないな、あの子が誰と仲良くしようが自由なんだから。

 最初は薄かったお化粧がどんどんと濃くなっているのだとしても別にこちらに弊害があるわけでもないし。


「だからなるべく自分を守るために教室にはいないようにしているんです」

「教室にいてもひとりぼっちの身としては気持ちは分かるかな」

「でも、大内さんは紗絵さんと普通にいられていますよね?」

「いや、私達は友達じゃないよ」


 踏み込もうとしても一方通行で終わる可能性が高い。

 相手からしたら気持ちが悪いだろうし、そういう意味でも新しく友達を作っておくのは重要なのだ。


「ね、信用できないかもしれないけど私と友達になってくれない?」

「大内さんとですか? 寧ろいいんですか? こんな……地味みたいな人間が相手で」

「そんなこと言わないでよ、私に全部突き刺さることだからさ」

「そんなことありませんよ」


 馴れ合いがしたいからというわけではない。

 ただ今度は自分の力で友達を作りたかったのだ。

 こうしてひとりでいる理由は結構似ているから相性もそれなりだろう。


「私は長井順子じゅんこと言います、よろしくお願いします」

「私は大内和泉だよ、よろしくね」


 手を無理やり握らせてもらって軽く上下に振らせてもらう。


「大内さんは満足しているのかと思っていました」

「初日から話しかけてくれて安心していたんだけどね」


 結局のところは大勢の中のひとりでしかなかったわけだ。

 不安だったから最初は大人しそうな私を選んだというだけ。

 別になにかを感じ取ってというわけではないからいまの状態に繋がっている。

 連絡だってしてこないからね、なんのための連絡先交換だよーってツッコみたくなるね。


「ま、長井さんも気が向いたらでいいから私のところに来てよ」

「はい」

「それじゃそろそろ戻ろっか」

「そうですね」


 ふぅ、これでも恐らく紗絵ちゃんはなにもしていないし、変わっていないんだと思う。

 ただ、確かになにがしたいのか分からない、そう言いたくなるところはある。

 でも、風邪のときのことを知っているから悪い子ではないと……思ってるんだけどねえ。


「どこ行ってたの?」

「長井さんと話してたんだ」

「教室で話せばいいでしょ?」

「そうなんだけど、聞き逃しちゃうかもしれないからさ」

「あ、確かにそれはあるね」


 話しかけてきてくれるのはいつも通りなんだけど。


「あ、今日の放課後は残っててね」

「ん? なにかしたいことでもあるの?」


 特になにがあるというわけでもないから残る分には構わない。

 母はちゃんと家にいるようになっているから早く帰ってなんらかの手伝いをするのもいいんだけども。


「勉強だよ勉強、一緒にやろ?」

「うん、分かった」


 学力はどうやら紗絵の方が高いみたいなので使われるということもないだろう。

 ということはつまり友達として誘ってきてくれているということか。


「あ、長井さんもいいかな?」

「ううん、少人数の方がいいから、多くなるとあんまり集中できないんだ」

「そっか、じゃふたりでやろう」


 明日になったら長井さんとも連絡先を交換してもらおうと決めた。

 友達になってくれたんだからなんらかの方法で返していきたいからね。




「ねえ」

「んー?」


 特に難しいということもなく少しやっておけば高校最初のテストで赤点を取るということにはならなさそうだと分かった頃、対面に座っていた彼女が話しかけてきた。


「順子とどんな話をしていたの?」

「紗絵ちゃんが相手をしてくれないから友達になってほしいって頼んだんだ」

「えぇ、相手をしてるじゃん」

「たまにだけどね」


 話しながらでもできるからあくまで意識は手元に向けておく。

 彼女も特に指摘してくることはなかった、恐らく興味がないだけなんだろうけど。


「あ、わたしが雪那の話ばかりしているから? 利用されただけだと思っているんでしょ」

「違うの?」

「違うよ、あくまで和泉と関わっていたから雪那とも出会えたってだけ」


 それって結局同じなのでは?

 そうでなくても彼女は他にも友達がいてそちらを優先している、この時点で説得力はあまりなかった。


「ふふ、意外と嫉妬しやすい子なんだ」

「……どうせ友達なら一緒にいたいってだけだよ」

「だから一緒にいるでしょ? 今日だってわたしから和泉を誘ったんじゃん、別にこの前みたいになにかから避けるためじゃないよ?」

「ありがと……」

「はは、どういたしまして」


 ついでに少し分からないところを聞いておくことにする。

 彼女は嫌がることもなく普通に分かりやすく教えてくれた。


「ありがと」

「こっちこそありがとね」


 ついつい邪推したくなる彼女の行為だけど信じてみようか。

 結局それをしても後になにかがあるのは自分だけだから気にする必要はない。


「これから毎日やろうよ」

「いいよ、場所は学校でいいよね?」

「そうだね、いちいち勉強のために他の場所に移動というのも面倒くさいから」

「分かった、じゃ、そろそろ帰る?」

「だね、集中力は1時間ぐらいしか続かないから」


 分かる、ちなみに家でやると30分ぐらいが限界になる。

 掃除中だけはその上限を超えてしまうのが気になるところだけど。

 ……なんで他になにかをやらなければならないときに限ってそういうことが気になり、そして捗るのか。


「和泉、やっぱり今週の土曜日に一緒に行こ、和泉と行きたい」

「と言われてもねえ……」

「雪那だって和泉と会えたら喜ぶよ」


 お金がないわけではないから行くことはできる。

 勉強の方もそこまで無理やり詰め込まなくたってできることも分かった。

 だからって他県にまでって考えると、それが友達のためとはいえ引っかかってしまうわけだ。


「お願い」

「ま、紗絵ちゃんがそこまで言ってくれるなら」

「ありがとっ、朝から行く予定だから8時ぐらいには駅に来てくれると嬉しいかな」

「うん」

「あ」


 彼女が足を止めたためこちらも足を止めた。

 いきなりだけどもう17時頃はあんまり暗くならなくて驚いた。


「金曜日からどっちかの家に泊まらない?」

「あ、その方が楽でいいね、私の家でもいいけど」

「うーん、でもあれだなあ、お父さんが細かく言ってきそうだからこっちに来てくれると嬉しいかも、なんか和泉に会いたがっているんだよね」


 まじか……怒られたりしないよね?

 なんでもっと手際良く看病しないんだとか言われちゃう?


「お、怒られたりしない……?」

「あはは、そんなことしないよ、寧ろこの前のことで感謝していたぐらいだもん」

「そ、そっか、なにも買っていかなかったから微妙な感じだったけど」

「いや、汗を拭いてくれたりとかしたじゃん、動くの怠かったから助かったよ」


 そういえばあのときはタオル越しとはいえ、同性のとはいえ素肌に触れていたんだよね。

 ……下着もつけていなかったし、へこむべきところがちゃんとへこんでいて良かったなあ。


「帰ろっか」

「そうだね」


 とはいえ、すぐそこでお別れなんだけど。

 彼女に挨拶の言葉と、小さく手を振って帰路に就いた。

 いい、表面上だけは友達でいてくれているのだから信じているのが1番だ。




「お、お邪魔します」

「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ、お父さんは20時頃まで仕事だから」

「そ、そっか」


 金曜日の17時半頃、荷物をまとめたり入浴を済ませてから彼女の家にやって来た。

 ご飯はこの前のお礼として彼女が作ってくれるということだったので食べてきてはいない。


「ご飯はもうできてるから食べよ」

「うん、え、わざわざ揚げてくれたの?」

「お父さんもわたしもカツが好きなんだよ、だから今日食べておきたくて」


 え、ただ家に行ったというだけでこんなの食べさせてもらっちゃっていいのかぁ!?

 それこそ今日泊めさせてもらうわけなんだから私がなんらかの物を買ってくるべきだったのかもしれない。

 入浴を済ます、荷物をまとめる、持って彼女の家に行くという考えしかなかったから……。


「ごめん、これを食べさせてもらえる資格がないよ……」

「気にしないでいいから、ほら食べよ? 比較的時間もあんまり経っていないからさ」

「う、うん、いただきます」


 口に含ませてもらったらサクッといい音が鳴った。

 確かに出来たてと言うには少し難しい状態にはなっていたけど凄く美味しい。


「美味しいよっ」

「良かった、これぐらいの揚げ加減が好きなんだけど和泉もそうかは分かっていなかったらさ」

「すごいね、お弁当だって自分で作っているわけだし」

「そこまで誇れることじゃないけどすごいって言ってもらえるのは嬉しいよ、ありがとう」


 それで合間に食べるキャベツやお味噌汁がまた美味しいんだ。

 なんだかほっとする、肉食動物と草食動物ならまず間違いなく草食の方だろうけど。


「ごちそうさまでしたっ、すっごく美味しかったっ」

「お粗末さまでした、あ、食器は置いておいてくれ――」

「私がやるよっ、お母さんのお手伝いをよくしているから信用してくれて大丈夫だよっ」


 彼女は私に任せてくれたから代わりに洗わさせてもらうことに。


「あの油はどうするの?」

「あれは後で固めるから大丈夫だよ」

「そっか、じゃあこれだけで終わりか」


 うーん、これじゃあなんにもできていないのと同じだ。

 洗い物だけ申し出るのも楽なのをすることで少しでも楽をしつつなにかをやったという実績が欲しいからだと思われるのも嫌だぞ。


「紗絵ちゃん、なにかしてほしいことってない?」

「それならお風呂に入っている間、洗面所にいてほしい」

「それぐらいならいいよ、行こっか」


 もちろん、彼女が衣服を脱いでいる間は入り口の方を向いていたけど。

 いいよと言われたから振り向いてみたら……少し早くて可愛いお尻が見えてしまったのは内緒にしておこう。


「うーん、ここ、開けていようか」

「え゛」

「この前のあれで見られたようなものだからね、それに洗っているときはそっちから見えないし大丈夫大丈夫」


 ま、確かにそうだ、ささっと洗って湯船につかってくれれば特に問題もないな。

 同性の裸に興奮するようなやばい人間でもないから、うん、普通に存在していればいい。


「……本当はさ、ひとりで他県まで行くのが不安だったんだ」

「あっ、結局使おうとしているってことじゃん」

「違うよ、和泉と一緒なら安心して楽しめると思ったからだよ、さっきも言ったけど雪那も驚かせられるだろうからね」


 彼女は「泊まるわけじゃないから短い時間だけど」と口にして湯船につかり始めた。


「同級生が家にいるって不思議な気分だな」

「またまた、どうせ友達を誘っていたんでしょ?」

「言ったでしょ? 中学時代は仲のいい友達とこそこそ一緒にいるしかできなかったからね、下手をすればその子まで対象にされかねないからある程度は断っていたんだよ」


 中学時代に不登校になったあの子にもそういう支えてくれる子がいたのだろうか?

 結局動かなかったくせにこんなことを考えるのは偽善でしかないけど、もしそうなら良かったと思う。

 ひとりで抱え続け、抑えられなくてなってやけになってしまうというのは非現実的ではないだろうから。

 更に言えば理解のある家族がいてくれていればいいなと、今更言っても意味のないことを考えていた。


「そういえば順子のことなんだけどさ」

「長井さんの? どうしたの?」

「教室にあんまりいなくなったよね、和泉はそこらへんのこと聞いてない?」


 彼女が怖いのだと私は長井さんから聞いた。

 だけどこれを私の口から吐くのは違う、そればかりはさすがにできない。

 裏切るようなことはしたくないのだ、彼女と仲良くしたいということなら協力するけど。


「分からない、気になるところではあるね」

「気になるよ、順子はひとりでいることが多いからそういう対象に選ばれるかもしれないし」

「私が見る限りではそういう雰囲気はまだないけどね」


 分かっていて言っているのか、本当に分からないから口にしているのかは分からないけど信じると私は決めた。

 少なくとも学校でそのような雰囲気を彼女が出すようなことはない、だからやはり長井さんの考えすぎというのが1番しっくりくるかも。


「紗絵ちゃんはどうしてお化粧を段々と濃くしていってるの?」

「あ、やっぱり濃かった? 誰も指摘してくれなかったから気にしてたんだよね、月曜日から気をつけるよ」

「あ、いや、それは自由だからね、先生達に怒られない程度にすればいいんじゃないかな、だからいまのままでもしたいならいいよ」


 先生達が注意しないということはまだまだルールの範囲内ということだ。

 それに最初に比べれば濃いというだけで特別に濃いわけではまだないのだから。


「んー、和泉的にはどっちの方がいい?」

「矛盾しているけど最初の方がいいかな」

「そっか、じゃあそうしようかな」


 というかいま所謂すっぴんというやつを目にしている……しているんだよね?

 それで十分ぐらい可愛いんだからお化粧なんかいらないのではというのはしてない者の意見であり、なんらかの理由があるんだろう。

 単純にお化粧が好きだとかね、そうなったら分かり合えないことだから言わないでおくのが1番だ。


「ね、あんまり不安にならないでね、わたしは必ず和泉のところに行くから」

「分かった、じゃあ頑張って待ってるね」

「なんだよ……頑張らないで待っててよ」

「あははっ」


 もう出るみたいだから今度は洗面所から出ておいた。

 彼女が出てきたら再度入らせてもらって歯を磨かせてもらおう。

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