02話.[分かっていたよ]

 芸術鑑賞会から帰っているバスの中でひとり盛り上がっていた。


「なんかね、なんかねっ、すごかった!」

「さっきも聞いたよそれは」


 興味がないことだとうへぇってなるところだけどそうじゃなかった。

 聴いている最中はずっと鳥肌が立っていたぐらいだ。


「でも、和泉がそう言いたくなる気持ちは分かるよ、行けて良かった」

「だよねっ」


 なんらかの強制力でもなければなかなか機会がないからこういうのは本当にありがたい。

 チケットとかも高いみたいだからね、そういうのもなかなか行きづらい理由のひとつになっているかな。

 でも、そろそろ落ち着いておこう。

 せっかくいい気分なのに注意されたら悲しくなるからね、自業自得とはいえ。

 バスに乗る機会もほとんどないから窓に張り付いて味わっておくことにした。

 降りてから言われたけどね、高校生にもなってバスで盛り上がっている人初めて見たって。


「じゃあね、また明日……じゃないか、GW後に会おう」

「え、あ、そうですか……ばいばい」


 GWに会おうとかってことにはならないのか……。

 いいか、初めてのGWはゆっくり休むために使うということで。

 連休が終わったら中間テストがすぐにやってくるから休めないしね、いいよもう。


「ただいまー」

「おかえりー」


 帰ったらソファにうつ伏せになっている母を発見、……何故?


「どうしたの?」

「あ、実は和泉ちゃんがいないときはよくこうしているの」


 母はいい笑みを浮かべつつ「昔からの癖なの」と答えてくれた。

 父は母の幼馴染だということなので知らないなんてこともないだろうから私だけが知らなかったのか。

 母もどうせなら隠せば良かったのに、玄関からリビングに入るまで時間もあるんだからさ。


「楽しかった?」

「うんっ、すっごく良かったよっ」

「そっかっ、それは良かったねっ」


 顔を上げたのは最初だけでいまもなおうつ伏せ状態は続行中だ。

 できることならちゃんと座って話してもらいたいという気持ちもあるけど内だけで片付けた。


「ご飯ができたら呼んでね」

「うん、全速力で行くから」


 部屋に戻ったら制服から着替えてベッドに寝転がる。

 私達、名前で呼び合っているのに連絡先すら交換していないということにいま気づいた。

 しかも用はないと言わんばかりに特に引き止めることもなく帰ってしまった紗絵ちゃん。

 友達兼お姉さん兼お母さんは悲しいよ。

 

「だからって……」


 家を知っているから突撃はできるけどするべきではない気がした。

 知った手段がチートだからだ、本人から聞かない限りは行くべきではない。

 が、あの子からすれば私はもう自宅を知っている人間のひとりではあるため延々に教えられることはないと。

 つまり詰み、所詮私達の間にあった友情なんてこんなものなのよ……。


「和泉ちゃん、お客さんが来てくれたよ」

「えっ、本当っ?」


 ダダダッとめちゃくちゃダッシュしたよ、それこそ全速力での駆けつけだった。


「紗絵ちゃ――」

「こんばんは」

「えっ、雪那ゆきな?」

「久しぶりね」


 中学時代の友達だから当然家も知っている。

 けど、雪那は高校入学のために他県に引っ越したはずなのにどうして。


「明日からGWでしょう? だから今日帰ってきたのよ」

「なんだそういうことか、てっきり退学したのかと」

「酷いわね……そんなに適当に生きるような人間ではないわ」


 確かにそうだ、彼女は同年代の中でもかなりしっかりしている方だった。

 目立つのが得意ではないから気づいていない人も多いかもしれない。

 でも、少なくとも私よりは優秀で――ってこれじゃ対象の人が多すぎて意味ないか、とにかく優秀だ。


「どうせなら挨拶をしていこうと思ったのよ、通り道だったから」

「ありがとっ、元気そうで良かったっ」

「あなたはその……うるさいところは変わらないわね、それがいいところだけれど」

「褒められた気がしないよぅ!」


 彼女はそれなりの荷物を持って歩いて行こうとした。

 暇だった私は勝手に付いていくことに。


「送りなんていらないのよ?」

「私がしたいだけですから」

「ふふ、そういうところも小中学生時代から変わらないわね」


 人間は急激に変わるようなことはないと思う。

 足を向けている先がいい方であれ悪い方であれ、本当に牛歩って感じのスピードにしかならないことは分かっている。

 だからこそ努力できる人間は素晴らしいとしか言いようがなく、私もまたいい方向へ歩めるように努力をできたらいいと考えていた。


「高校はどう?」

「普通ね、特出したところがない感じかしら」

「じゃあなんでそっちに行ったの?」

「……父がひとりで頑張っていたからよ」


 そういえば昔からお父さん大好き人間だったか。

 そこらへんの理由というやつは当時に教えてくれなかったからやっと分かった、違和感はもちろんない。


「喜んでいると思うよ」

「ま……楽しくやれているわ、今日は私だけ帰ってきたことになるけれど」

「忙しそうだね」

「父が頑張ってくれているおかげで快適な生活を過ごせているわけだから、社会人になったらどんどん働いて支えていくつもりよ」

「私も返していかないとなあ」


 ただ、上手く働けるのか分からないという不安がある。

 コミュニケーション能力に難があるというわけではないものの、基本的に鈍くさいからだ。

 体力があまりないのも致命的だと思う、そして致命的だと考えておきながら頑張ろうとするのが問題で。

 後に起こることをいま気にしても仕方がないとか言い訳をしてしまっているんだよね。


「ありがとう、少しの間だったけれど楽しく帰ることができたわ」

「本当に寄ってくれてありがとね」

「寄るわよ、離れても私達は友達じゃない」


 これだよこれ、別に表面上だけでもいいから相手の方から友達だと言ってもらいたいんだ。

 ま、関わっている年数が全然違いすぎるから無理もないんだろうけど。

 しかも紗絵ちゃんの言い方的に怖くなさそうな相手なら誰でも良かったんだろうから。


「あんまり期待しすぎるのはやめておこう」


 勝手に期待されて勝手に傷つかれても相手側からすればはあ? としかならないこと。

 だからそれをある程度絞ってしまえば傷つくことも少なくなるわけで。


「かーえろっ」


 自分が焦らないでゆっくりやっていこうと口にしたのだから守らなくてどうする。

 そう言い聞かせながら帰り、家に着いたら母作の美味しい夜ご飯を食べたのだった。




「暇だ」


 1階に移動してみても誰もいない家。

 それはそうだ、母は友達と遊びに行っているし、父はお仕事を頑張ってくれているし。

 仕方がないので適当に外でも歩いておくことにした。


「とはいえ」


 もうここら辺りで知らないことってないから新鮮味もないんです。

 たまになんらかの建物から変わっていたりしておぉとなったりもするけど、それも本当にたまにだけ。

 せっかく地元に帰ってきている雪那の邪魔をするのも悪いし、自然と新鮮さを求めて街に足が向く。


「飲み物飲みも……の」


 当たり前のように自動販売機で買おうとした肉体が止まった。

 慌てて探してみたけどお金がある気配はない、ま、それも当然だから違和感もない。

 が、こうなると飲みたくなるというのが人間の心、だからといってなんにもできないというジレンマがあった。


「あれ、和泉なにやってるの?」

「うひゃあ!? あ、さ、紗絵ちゃん」


 どんな偶然か、自動販売機に張り付いていたのが良かったのかな。


「紗絵ー? え、その子は友達?」

「ど、どうも」


 や、やることやってますやん?

 私なんか本当にただのクラスメイト、ただの横の席の女ってだけですやん?


「どうせなら友達さんも一緒に行く? これからカラオケに行くところだったんだ」

「あ、ごめんなさい、いまお金を持っていなくて」

「え、お金なかったらなにも楽しめなくない?」

「お散歩をしていたらこっちにまで来てしまいまして、場違いな人間はいますぐに去りますのでご安心を」


 ちゃんと頭を下げてからこの場を離脱したよ。

 分かっていたよ、こうなることぐらいはね。

 ふふ、嬉しいな、彼女に友達がいっぱいできて嬉しいな。


「嬉じいな゛あ……」


 周りの人に見られたけど気にしない。

 勝手に仲のいい友達だとか考えていた自分が馬鹿だったんだ。

 ただ、ああいうのを目にするとどうしても引っかかってしまうのが私の弱さだった。

 あ、泣いてるわけじゃないよ?

 ま、ちょっとこういう風にしておかないと駄目になっちゃうというだけで。


「和泉待って」

「え? あれ、お友達はいいの?」

「そこまでカラオケに行きたいわけじゃなかったから、しかも人数は10人もいるんだからわたしが消えたって関係ないでしょ?」


 直前にキャンセルしたりすると中学時代のようなことになるのではないかと考えてしまい不安な状態に。

 恐らく私が行っていなければこうして帰ることにもならなかったということを考えると、申し訳ない気持ちがすごかった。


「ごめん……」

「なんで謝るの?」

「急にキャンセルとかしちゃったら中学時代と……」

「ああ、あの子は他校に進んだ同じ中学の子だから」


 彼女はあくまで淡々とそう吐いただけだった。

 喜怒哀楽、どの感情も含まれていないとにかくフラットな感じ。


「え」

「はは、安心して話せる友達ぐらいいたよ」

「そ、そっか」


 これはかなり失礼な妄想をしてしまっていたのかもしれない。

 勝手に不安になって勝手に心配をするというのも余計なお世話になりかねないから気をつけないといけなさそうだ。


「というか助かった、和泉が来てくれたおかげで散財しなくて済んだからね」


 彼女は今日だけで1万円も使ったのだと教えてくれた。

 最初は買う気がなくてもみんながいいいいと言っている内に欲しくなってくるらしいから嫌だったそうだ。


「あ、そうそう、そういえば連絡先をまだ交換してなかったよね」

「してくれるの?」

「うん、急に来てもらいたくなったときとかに不便だからさ、あ、この後和泉の家も教えてくれる? 知っておきたいから」

「分かった、それじゃあ交換したら行こう」


 と言っておきながら携帯すら持ってきていなかったことも思い出しふたつ目のことを優先することに。


「もう、連絡手段もお金も持ってないとか危ないよ」

「あはは、あまりにも暇すぎてね……」


 お誘いできるような友達がいなかったから。

 出ていた課題だって午前中だけで終わってしまった。

 掃除とかだって自分の部屋は自分で綺麗にしてあるし、廊下とかは母が毎日綺麗にしてあるから変に触れる方が汚してしまうしで困っていたのだ。


「ここが和泉の家?」

「うん、入ろ――」

「和泉、ちょうど良かったわ」

「雪那? どうしたの?」


 無茶なことを頼んでくるという性格でもないから安心して聞くことができる。


「これを昨日渡し忘れていたの、受け取ってくれるかしら」

「わぁっ、お土産っ? ありがとう!」

「ええ。邪魔をしてしまってごめんなさい、私はもう帰るから安心してちょうだい」

「あ、いえ……」


 いつまでもお土産を見つめているわけにはいかない、鍵を開けて中に入ろう。

 別に彼女が入りたがっていたというわけではないものの、外で待っておいてもらうのは違うからリビングで待ってもらって。


「持ってきたよ」

「うん、貸して?」

「お願いね」


 そういう機能をあまり使わないからやってくれるのはありがたい。


「ね、さっきの子って?」

「あ、小学生の頃からずっと関わりがある子だよ、興味を持ったの?」

「うん、そうかも」

「残念だけどGWが終わったら他県に戻っちゃうからね」

「難しいかな?」


 うーん、別に私が行くというわけではないならいいか。

 家の場所を教えるだけ教えて自分で行ってもらうことにしよう。


「……来てくれないの?」

「あ、雪那の家までは行くよ?」

「それじゃあそれでいいから」


 携帯が返ってきて情報を確認させてもらう。

 紗絵とそのままの名前でどうやら登録しているようだ。

 あ、雪那から連絡がきている、悪いことをしちゃったな。


「あんな綺麗な友達がいたんだ」

「次に帰ってこられるのは恐らく夏休みだろうから興味を持つのやめた方がいいよ」

「それって独占したいから?」

「結局離れている時点でできてないよ、私が言いたいのは寂しい思いをするだけだからやめておいた方がいいってこと」

「そっか、だけどそれなら大丈夫だよ」


 ま、本人がいいと言っているのならいいか。

 可愛いや綺麗に興味を持つのはなんにもおかしなことではないし。

 寧ろ私といようとすることよりも自然で。


「そこだよ、もういいよね?」

「え、インターホンを押して本人が出るまでいてくれないかな」

「いいけど」


 遠慮なく押して少し待つ。


「あら、来たの?」

「うん、ここにいる西田紗絵ちゃんが雪那に興味があるんだって」

「へえ、それなら上がりなさい」

「あ、私は帰るね」


 これは彼女が会いたいと言ったから来たのであってゆっくりしているところを邪魔するためではないから。


「そうなの? それなら気をつけて帰るのよ?」

「ありがとっ、紗絵ちゃんもじゃあねっ」

「うん、ありがとう」


 結局、やっぱり友達って感じはしなかった。

 便利屋とか、使いたいときだけは使うみたいな。

 連絡先交換だってまた抜けたいときなんかに使用したくて交換したんだろう。

 ま、害があるわけでもないしそれでもいいんだけどね。




「い、和泉……」

「わっ、どうしたのっ?」


 部屋でゆっくりしていたら急に父がやって来て驚いた。

 しかもなんか心配になるぐらいヘロヘロな感じで正直恐い。


「ま、マッサージを……」

「肩とかでいいの? それならしていくね」


 ある程度の力加減で揉んでいたらなかなかに良さそうな声を出していた。

 そうなったら喜んでほしくてもっとやりたくなるのが私という人間で、腰とか足とかもいっぱいやった。


「助かったよ、ありがとう」

「どういたしまして、それでもこれぐらいは言ってくれればするよ」


 するけど不思議に思ったので聞いてみたら母がいないようで。


「母さんが連休中ほとんどいなくてな……」

「おぅ……」


 母はGW中ずっと友達さんのところに行っている。

 男の人というわけではないから父もそんなに不安ではないだろうけど……。


「だから相手をしてくれぇ……」

「それならなにする?」

「えっ、そう言われると……なにもないな」


 私としても暇つぶしができるのは大きいから聞いてみたんだけど駄目みたいだった。

 父はあからさまにがっかりしたような顔で「邪魔して悪かったな」と残し戻っていってしまった、残念。


「別に責めたくて言ったわけじゃないんだけどな……」


 もうちょっと楽しそうになにするっ? と聞くべきだっただろうか。

 1階に移動したらソファに座って大きなため息をついている父の姿が。


「さ、さっきはごめんね?」

「いや、逆に気を使わせてしまって申し訳ないぞ……」

「ふ、ふたりでどこかに行く? 私も暇だったから」

「なら飯でも食べに行くかっ」

「そ、そうだね!」


 母の昼食を期待できるような状況ではないから飲食店に行くことに。


「和泉はなにを食べたい?」

「お父さんとこうしていられる機会も少ないからお父さんに合わせるよ」

「うっ……なんていい娘に育ってしまったんだっ!」


 や、やめてよ、みんな見てるから!

 それにお世話になっているんだからこれぐらいは言わなければならないでしょ。

 で、父はラーメンが食べたかったらしいので中華料理店に入ることに。


「和泉はいつも通り味噌ラーメンか?」

「うーん、いつも通りもいいんだけどたまには違う味も捨てがたいんだよね」

「それならふたつ頼んでもいいぞ、金なら俺が払うからな」

「いやいや、そんなに食べられないよ」


 大食というわけではない。

 少し見ていない間にそういう細かいことは忘れてしまったのだろうか。

 もしそうなら悲しいな、お仕事を頑張ってくれるのはありがたいけども。


「なら別々のを注文して少しやるよ」

「ありがとう、じゃあ敢えて今日は塩ラーメンにしようかな」

「了解、俺は味噌ラーメンを頼むからな」

「いいよ、お父さんが好きな味を頼んで」

「うぅ……」


 大げさな反応を見せる前に父のおでこを突いておいた。

 さすがにこんなことでそんな反応をされるのは心外だから。

 だってこれまでは不良だったみたいじゃん、実際は真面目にやるしかできない普通の人間なんだから。


「久しぶりだから嬉しいよっ」

「俺もだ、あんまり食べに行こうとしても余裕がないからな」

「それなら私のおかげだと思っておいて」

「おう」

「え、ひ、否定してよ……」


 調子に乗るのは少しぐらいにしておこう。

 そうしないとあっという間に紗絵ちゃんは離れていってしまうから。

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