26作品目

Rinora

01話.[もう終わるから]

 高校に入学してから早10日。

 幸い、横の席の女の子とは話せるのでひとりぼっちということもなく。

 なかなかに悪くないスタートが切れたと考えている。


和泉いずみ、今日この後って暇?」

「うん、特に予定はないよ」

「それなら駅前にできたドーナツ屋に行こうよ、開店セールやってるって」

「いいね、行こっか」


 この子が隣の席の子、西田紗絵さえちゃん。

 そんなに派手すぎるという感じではないけど、お化粧とかをしているから私とは違う存在だ。

 髪は後ろで束ねられるぐらい長くて、そして見る度に頑張ってお手入れしているんだなと思うぐらいで。

 変に香水をつけているわけではないようで、匂いはあまりなかった。


「和泉はどうする?」

「私はこれかな」

「じゃ、これとこれをお願いします」

「かしこまりました」


 うーん、これにお金を出したらお小遣いが尽きてしまうけど仕方がない。

 甘い物には興味があるし、なによりもきっかけとして利用できるのなら利用するまで。

 なんでもいいんだ、紗絵ちゃんともっと仲良くなるために一緒にいられる口実が欲しかったからこれでいい。


「和泉? もう席に行こうよ」

「あ、そうだね」


 空いている席に座ってほっと一息ついて。

 彼女が持ってきてくれたそれを食べさせてもらう。


「おっ、美味しい」

「だねっ」


 これのためならお小遣いが消えようが構わないと言えるぐらいの魅力。

 ただまあ、ひとりで通うようなことはないだろうなと自己完結しておいた。


「紗絵ちゃんは意外と静かに食べるよね、お上品というか」

「意外とは余計だっ。まあ……お父さんがうるさい人だからね」

「仲悪いの?」

「どうだろ、あんまり他の家庭を見たことがないから分からないかな」


 ちなみに私の方は両親とそれなりの関係を築けていると思う。

 だらだらしていたら文句を言われるのはどこの家庭も同じだろうから、やっぱり嫌われているわけではない。

 それどころか気にかけてくれているということだ、本当にありがたいことだよ。


「和泉はさ、中学生のとき楽しかった?」

「うん、楽しかったよ、テニス部も練習は辛かったけど選んでよかったって終わったときに思えたからね」

「わたしはそうじゃないんだよね、3年間微妙でさ」

「そうだったんだ……」


 私なんか楽しみすぎてて気づいたら3年生だったぐらいなのに。

 慌てて勉強を頑張って、それでなんとかこの高校に入ることができた。

 特に理由がなければあの中学からは大抵の人がここに入学することになる。

 でも、残念ながら友達はみんな県内の遠い高校とか県外の高校なんかを志望して離れ離れになってしまったんだよね。

 まあ、こればかりは仕方がない話だ、友達だからってそれに合わせていたら自分のしたいことができないから。


「だから高校の3年間は楽しみたいって考えてるよ」

「私もそうだよ」

「うん。ふぅ、じゃもう出よっか」


 お会計を先に済ませるタイプだから気にせずに出ることができる。


「はい、お金」

「うん」


 当たり前のように払ってもらっていたから慌てて渡す。

 お金のごたごたは本当に面倒くさいことになるからその度にきっちりとしておかなければならない。


「和泉に話しかけたのはなにも害になるようなことをしてこなさそうだったからだよ」

「でも、無自覚に迷惑をかけるかもしれないよ?」

「そういうのは生きている限り仕方ないでしょ、故意じゃないのであれば問題ないよ」

「もしかして……」

「ま、つまらない話だよ、荷物持ちとか宿題を代わりにやらされるとか……そういうことがあっただけ」


 私の中学校でも苛めというのは確かにあった。

 なんだろう、人数が多かったからかな?

 先生も把握しきれていなくて、不登校になってから慌ててた。

 相談しにくいんだろうな、先生に言ったら大抵は働きかけるからばれてしまうし。

 逆に自分でなんとかしろという、それができないからこそ頼っているのに無慈悲なことを言う先生もいる……らしいから? だから言えなくて、抱え続けて、抱えきれなくなって不登校にというのが多いんだろう。

 それどころか自死を選んでしまう生徒もいるわけだから……。


「でも、中学時代のわたしは調子に乗ってたんだ、そうされる理由は確かにあったんだよ。だから、高校の3年間は静かに楽しもうと思って」

「そっか」

「うん、上手くできたらいいなって思ってるよ」


 無根拠にできるよ、なんて言うのは違う。

 私は苛められていた子を確かに把握しておきながらなにもできなかった人間だ。

 自分可愛さで見て見ぬ振りをした、悪化させるだけだからってそれっぽい理由を作って。

 私にできるのは、その子が来てくれる度に相手をするということだけ。

 余計なことを言わないでいい、多分彼女もそんな言葉を求めてはいない。


「あ、わたしはこっちだから、付き合ってくれてありがと」

「こっちこそありがとね、お誘いしてくれて」

「和泉は甘い物が好きそうな感じがしたから」

「うんっ、大好きだよっ、それじゃあね!」

「うん、また明日ね」


 それぞれの帰路に就く。

 両親と仲がいい自分しか想像できないからやはり恵まれているのかもしれない。

 そんななんてことはない、他人からはそれぐらいで? と聞かれてしまうかもしれないけどそうだ。


「ただいま」

「おかえりー」

「お掃除していたの?」


 母は専業主婦でずっといられている。

 つまり=として父の稼ぎがいいということになる。

 しかも私が見る限りでは夫婦仲がいいので、悪いところを探す方が難しいというものだ。


「ここが汚れていたからね」

「手伝うよ」

「ありがとー」


 3人が横並びになっても歩ける廊下を水拭きしていく。

 地味に体勢と勢いを保持することが難しいのもあって、だからこそ上手にやってやると燃えていた。

 問題があったとすれば父が帰ってくるまでの間ずっとやってしまっていたということだ。

 母と顔を見合わせて笑った、父はよく分からないという顔をしていたけどね。




 翌日、SHR時に紗絵ちゃんが休みだということを知った。

 席を見つめようがそこに彼女はいない。

 なんかあったのかなって不安で放課後まで集中できない1日となった。


「大内さん」

「あ、東野先生」

「突然だけど西田さんのお家って分かる?」

「いえ、分からないです」


 あそこで別れているから恐らくそっちへ行けば見つかるんだろうけど。

 分からないのに分かると言うのは違うからはっきりと言わさせてもらった。


「あ、それなら教えるからこのプリントを持って行ってくれないかな?」

「分かりました」


 先生に付いていくとなんか丁寧に地図を描いてくれた。

 プリント代が惜しかったのかな? いや本当に綺麗に描かれているけど。

 よろしくねと言われてはいと返して。

 学校をあとにしたら、ゆっくりとあの子の家に向かって歩いていく。


「ここか」


 普通の一軒家って感じだ、ちゃんと西田って書かれた表札もある。

 インターホンを押して数秒待って。


「はい……え、和泉?」

「プリントを渡してくれと頼まれてね」

「ありがとう、上がってよ」

「え、大丈夫なの? それなら上がらさせてもらおうかな」


 体調が酷く悪いということでもなさそうだ。

 ソファに座ってくれと言われたから大人しく端の方に座らせてもらった。


「ふぅ、熱が出ちゃってね……」

「あ、ごめんね、なんにも買ってこなかったよ」

「別にいいよ、東野先生に聞いたの?」

「うん、描いてくれたからそれを見て来たんだ、無事に着いて良かった」


 昨日は平気そうだったのにどうして?

 いや、唐突にくるのが風邪というものだけど、触れてみたら確かに熱かったし嘘ではないだろうし。


「あんまり長居したらだめだよね、もう帰るね」

「……まだいてほしい、ひとりで寂しかったんだ」

「そうなの? じゃ、そうするからお部屋に行こ? ちゃんと寝ておかないと」

「うん……寝る」


 部屋に入ってからも特に違和感はなく普通の感じで安心した。

 彼女をベッドに寝かせて、私はそのベッドの側面に背を預けて座らせてもらう。


「さっきまで寝てた?」

「寝られなくて1階にいたら和泉が来てくれた」

「でも、転んでいたら違うから、確かに寝すぎると逆に体が痛くなったりして辛いけどね」

「うん……」


 そんな誰でも言えるようなことしか言えない自分が情けない。

 ただまあ、変にごちゃごちゃオリジナリティを出そうとしたところで失敗するのが目に見えているから所謂普通、当然のことを言っておけばいいんだけど。


「あ、汗をかいているね、タオルってある?」

「下……」

「どこにあるかな? 持ってくるよ」

「机の上にある」

「分かった」


 良かった、なんかしまわれていたら触れにくいし。

 とたとたと廊下を歩き、階段を下りて1階へ。

 リビングに入らせてもらって確かに机の上にあったタオルを手に取ったときだった。


「誰だ?」

「ひっ、あ、す、すみません、西田さんの友達をやらせてもらっています、大内和泉です」


 お父さん家にいたのかぁ!?

 もしかしてそのためにお休みを? いや、それはない……よね?


「ほっ、そうか、急に喋り声が聞こえてきたからな……」

「す、すみません」

「いや、見舞いに来てくれてありがとう、紗絵も喜ぶだろう」

「あ、タオルを持っていきますね」

「ああ、よろしく頼む」


 あんまり悪い感じの人には見えないかな。

 最低限のルールをしっかり守らせているだけなのだろうか。

 本当に関係が悪いならはっきりと悪いと言うだろうし、あの子はそれを言わなかったからね。


「じゃ、拭いていくね」

「うん」


 おでこや首、袖を少し捲くって腕なども拭いていく。

 足もそうだけど、こういうところになると段々といけないことをしている気分になってくる。

 お腹なんかは特に、うぅ、同性のとはいえ触れてしまっていることを申し訳ないと思うよ?


「なんか……恥ずかしい」

「ごめんねっ、もう終わるからっ」


 あれ、というかこれって湿らせてからするべきことでは?

 これだったらタオルを渡して自分で拭いてもらえばよかったのでは?


「終わったよ」

「ありがと、ちょっと気持ち悪くなくなったから嬉しいよ」

「水分も摂ってね」


 常温で放置されたこれならいきなり冷たいのを入れて困るなんてことにもならないだろう。


「はは……なんかお母さんみたい」

「今日だけは紗絵ちゃんのお母さんだよ? そういえばお父さんに会ったんだけどさ、優しそうだったね」

「うん、わたしのためにわざわざ休んだぐらいだからね、やっぱり仲はいいかも」


 当時は口うるさいなあぐらいにしか感じないことでも時間が経過すればありがたみが分かるんだよなあ。

 愛情があるからこそ大切な娘に恥ずかしい思いをしてほしくなくてちゃんと口にしているはずなんだ。

 間違っていることを間違っていると指摘してくれる存在というのは大切にするべきだと思う。


「明日は来られそう?」

「うん、行くよ」

「じゃ、待ってるね、今日なんか放課後まで寂しかったんだから」

「はは、ごめん」


 それでもこれ以上は過剰だと判断して帰ることにした。

 まだ出会ってから11日しか経過していないのに寂しそうな顔を見せてくれる彼女が可愛くてついつい頭を撫でてしまっていて。


「お母さんは帰らないと」

「はは、別居してるの?」

「そうだよ? まだまだお仕事があるからね」

「……ありがとね、来てくれて嬉しかった」

「また同じようなことがあっても行くよ、こうならないのが1番だけどね」


 1階に下りてお父さんに挨拶をしてから家を出た。

 なんかいいなって無根拠にそう思ったのだった。




 平和な時間が続いていく。

 今月の最後辺りには芸術鑑賞会というのがあるらしい。

 意外とそういうのを見る、聴くのは好きだからいいかもしれない。


「あぁ……」

「今日は朝からどうしたの?」


 ずっとあぁあぁってゾンビみたいに声を出しては突っ伏すという繰り返し。

 見ていて飽きることはないけど、結構気になるから理由を教えてほしかった。


「この前、風邪を引いていたときがあったでしょ? あのときにアイドルグループのライブチケットが先行販売されていたみたいでさ……買い逃したんだよね」

「アイドルが好きなの?」

「好きっ、ジャネーズ!」


 私はテレビに出てきてもたくさん種類がありすぎて付いていけない。

 しかもその間にも新しいグループがどんどんと出てくるから余計に混乱し、理解することを諦めてしまっている形になる。

 数が多すぎるのは選択肢が多いということでいいかもしれないけど、新規が入るには逆効果になることも分かっておいた方がいいのではないだろうか。


「でも、先行販売が無理でも普通に販売されたら……」

「それが特典がついていたんだよ、ま、確かに和泉が言ったようにそれでいいんだけどさ」

「あ、だけどそれを逃したらだめって考えると不安になるね」

「そうなんだよ、そういうのもあって……あぁ、わたしのばかぁ」


 力になってあげられなくて申し訳ない。

 最近は転売対策のために買った本人にしか効果がないみたいなのでそもそも力になれないけども。


「手に入るといいね」

「うん、ありがとう」


 そこまで必死になれるなにかがあるというのは羨ましかった。

 なにかを手に入れなくて1日中あぁ……ってなってしまうほど真剣になれたことがないから

 あ、でも……いややっぱりないかなあ。


「それより今度の芸術鑑賞会地味に楽しみなんだよね」

「そうなの?」

「うん、音楽を聴いたりするの好きなんだ」

「なんか紗絵ちゃんって全てが意外だね」

「なんだよそれもー」


 けど、人間味があっていい。

 話しかけてきてくれた子が特にやばいところもなく普通でいてくれて嬉しい。

 そういう何気ない感じがいいんだよね、特別なことはなにもいらないんだ。


「話しかけてきてくれて嬉しかったよ」

「わたしもさ、少し不安だったから」

「じゃ、その不安を少し取り除けたってことだよね? 嬉しいなあ」

「はは、やっぱりなんかお姉ちゃんとかお母さんみたい」


 昔の友達にはよくお婆ちゃんみたいって言われていた。

 流行に疎く、走ったりしたらすぐに疲れてしまったりするからだそうだ。

 あとはモテないというのもそう、異性を求めたりしないのもそういう風に感じたらしい。


「じゃ、紗絵、授業を真面目に受けなさい」

「ははは、ちゃんと切り替えはできてるよ?」

「本当にそうなの? 静かにしているだけで頭の中はチケットのことで占められているのではないの?」

「うっ、ごめんなさいぃ……」

「あはは、謝れたから許してあげます」


 なにをやっているんだろうか私は。

 しかし彼女はノリがいいな、普通は「は? なに偉そうに言ってんのこいつ、友達やめるわ」と言うところじゃないの? 私の思い描く普通がおかしいのだろうか。


「あの、西田さん」

「ん? どうしたの?」

「私と……お友達になってください!」

「え、頭なんか下げなくていいよ、いいからさ」

「ありがとうございますっ」


 うんうん、いいことだ。

 もっと友達が増えるべきなんだ、これが自然で。

 私ももうちょっと友達がほしいな、紗絵ちゃんが休むと寂しいから。

 けれど彼女はこちらには言ってこないまま戻ってしまったよ、なんでかな?


「友達になってくれなんて言われるとは思わなかった」

「良かったね」

「うん、でも……数だけ増えてもリスクが高まるだけだからね」


 確かに過去に人絡みのことでなにかがあれば不安になるか。


「そうならないって考えておこ? ポジティブな考えをしていれば良くなるよ」

「……だね、和泉の言う通りだよ」

「って、ごめんね、なんかこの前から偉そうに言ってさ」

「別に謝らなくていいよ、わたしのことを考えて言ってくれているのは分かるから」

「そっか」


 とりあえず、彼女に友達ができて良かった。

 私の方は地道に頑張っていくことにしよう、真面目にやっていれば恐らく来てくれるはず。

 仮に来てくれなくても彼女がたまにでも相手をしてくれればそれで十分なんだけどね。


「大内さん用紙を――」

「お友達になってほしいってっ?」

「え? いや、大内さんが最後だから、この用紙を出してないの」

「あ……ご、ごめんね、いますぐ出すね」


 うん、忘れ物をしないで偉いね和泉!

 いいんだよ、学生の本分は学ぶことなんだから。

 それになにより量より質だろう、紗絵ちゃんがいてくれるだけで十分だ!


「友達がほしいの?」

「ま、紗絵ちゃんが他を優先し始めたら寂しいからね」

「うーん、ないとも言えないか」

「でも、ゆっくりやっていくよ、まだ高校生活は始まったばかりだもん」

「そうだね、ゆっくりやろう」


 たまにでいいから本当に相手をしておくれよ?

 私は席替えをするまでは横にいて犬みたいに見ておくからさと内で呟いた。

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