第44話 半信半疑
「何か分かったのか」
「どうやら、樫山専務という奴は、食えない相手のようだな」
座卓の上へ空になったグラスを置いた達樹へ、尚哉が問い掛けると前置きをして語り出した。
「樫山専務の目的は、自分の娘とお前を入籍させることそのものにあったんだ。今の法律では、子どもの父親が誰であれ、婚姻関係にある男女の間に生まれた子供は本当の父親は誰かと問われることもなく、自動的にその男の実子として扱われる。だから、佐伯課長に対しても入籍だけでも早くするようにと話したんだろう」
「そんな馬鹿な……」
達樹が何を言おうとしているのか瞬時に理解した尚哉は、続く言葉を発することができなかった。
「今の達樹の話だと、樫山専務は尚哉君が子どもの父親かどうか重視していないようにも聞こえたが……」
達雄が疑問を口にすると、達樹は小さく頷いて思い当たった答えについて説明を始めた。
「樫山専務の中では、尚哉が子どもの父親だということについては半信半疑なんだと思う。現に、尚哉は自分の娘との結婚話には見向きもせず、子どもの父親は尚哉だと娘が明言してもきっぱりと拒否し続けているんだからな。そんな尚哉の態度から疑念を持つのは当然のことじゃないか」
達雄は頷くだけで返事を返し、達樹はさらに話を続けた。
「そんな尚哉に、子どもの父親は自分だと認めさせることは一筋縄ではいかない。だから、もっと簡単に尚哉を子どもの父親に仕立てる方法として入籍させることを思い付いたんだろう」
「そうだとしても、なぜ佐伯課長を巻き込む必要があったんだ。体裁を保てなくなる危険性を失念していたとでも言うのか」
滞ることもなく話し続ける達樹へ、達雄が自分の疑問を一つひとつ潰すように言葉を継いだ。
「おそらく、それも計算の内だったんだ。どうにかして、樫山専務の思惑通りに自分の娘と尚哉を入籍させることができたとしても、生まれた子どもが尚哉とは無関係だとはっきりすれば、心底惚れている梨奈さんがいる尚哉は即座に離婚の申し入れをするだろう」
達樹が、話しながら尚哉の気持ちを確認するように尚哉と目を合わせた。
「必ず、そうする」
尚哉が断言すると達樹は僅かに笑みを見せ、直ぐにまた真顔になると話し出した。
「本来なら、子どもが無事に生まれて幸せの絶頂にあるはずの樫山専務の娘が、子どもが生まれたばかりで離婚したとなると格好の噂の種となる。そこで、佐伯課長が尚哉を庇おうとして樫山専務から話を持ち掛けられたことを口にしたら、樫山専務はこう言えばいい」
そこまで言って一度言葉を切った達樹は、人の悪そうな表情をその顔に乗せて続けた。
「尚哉には、元々一緒に住んでいる梨奈さんがいた。だが、樫山専務が娘を紹介したことで尚哉は出世を目論み、樫山専務の娘と親しく付き合うようになった。しかし、現実はそんなに甘いものではないと知った尚哉は出世を諦めて梨奈さんの下へ戻ったが、その時には樫山専務の娘は尚哉の子どもを妊娠していて産むしかない状況になっていた。そこで、子どもに対する責任を取る形で樫山専務の娘と尚哉は入籍したものの、産まれた子どもの顔を見ても尚哉は興味が持てず離婚したいと主張したため、問題をこじらせないために離婚を受け入れた。そうしたら、尚哉は何食わぬ顔で梨奈さんの下へ戻った、とな」
達樹の話を聞いているうちに尚哉の心臓の鼓動は徐々に速まり、胸が締め付けられて痛みが走った。
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