第43話 疑惑
「案外、それが目的かも知れないぞ。そうなったら、尚哉君は逃げ道を塞がれて身動きが取れなくなってしまうのは、間違いのないことだ」
達雄の話を聞いているうちにその場面が頭に浮かび、尚哉は眩暈がしそうになった。
「それは、どうだろうな。佐伯課長が人の噂話が好きで、お喋り好きだというのならその可能性も考えられるだろうが、そうでなければいつ口を滑らせるか予測がつかないんじゃないか。その点、佐伯課長はどうなんだ」
「佐伯課長とは何度が一緒に飲んだことはあったが、人の噂話は一度も聞いたことがない」
「そうだろうな。そうでなければ、支社から本社に異動して課長の椅子になど座れなかっただろうからな」
達樹に話を振られて佐伯について尚哉が話すと、達樹は納得したように頷いていた。
「だが、そうだとすれば益々分からないな……」
達雄が独り言のように呟いた言葉を聞きながら、達樹は座卓の上に置かれたグラスへ手を伸ばし、中のビールに口を付けて不味そうに眉間へ皺を寄せた。
最初に手を付けたまま放置されていた自分のグラスへ尚哉が目をやると、ビールの泡はすっかり消えてしまっていた。苦味だけが残されたビールを飲み干し、新たに注いだビールで口直しをして、尚哉は達雄や達樹の言ったことを頭の中で整理しながら秋光が両親や梨奈へ接触する可能性について考えていた。
「それにしても、気に食わないな」
「全くもって、何を考えているのかさっぱり分からないな」
佐伯と話した時と状況が変わったように思えて、これからどうなるのかと思い悩み自分の思考に耽っていた尚哉の意識が、達樹の声で呼び戻された。
秋光に対する非難混じりの達樹の言葉に達雄が同調した後、また何かを考える素振りを見せた。二人だけに通じ合っているような会話に、尚哉は言葉を差し挟まない方がいいと判断して口を閉じていた。
「樫山専務にとっては、娘が産む子なら父親が誰であれ自分と血の繋がった孫ということになるだろ」
自分の考えをなぞるように話し始めた達樹の言葉に、達雄が頷いて話の続きを促した。
「その孫を不憫に思って、両親が揃った環境を整えてやりたいと思ったとすれば、真っ直ぐに尚哉の両親のところへ話を持って行くんじゃないのか」
「普通なら、そうだろうな」
達樹の話に相槌を打った達雄の言葉に、尚哉も心の中でそうなるんだろうなと同意して頷いた。
「そうでなくても、大学を出たばかりで満足に働いたこともない娘に、一人で子どもを産んで育てる苦労をさせたくないと思ったとしても、尚哉の両親の下へ足を運ぶものなんじゃないのか」
「そうだな……」
達樹の話に難しい顔をして返事を返した達雄に構わず、達樹はさらに話を続けた。
「だが、樫山専務は尚哉とは赤の他人の上司に話を持って行った。きっと、そこに何か……」
突然、話すことを止めてしまった達樹は拳を口元に当てて、話し掛けることが憚られるほどに真剣な表情で考えを巡らせている様子が見て取れた。
「そうか。そういうことか……」
少しの間の後、合点がいったように独り言を呟いた達樹は、不敵な笑みを浮かべてグラスの中のビールを呷った。
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