第42話 不可解な話

 翌日、自分だけの力ではどうにもならないと悟った尚哉は、達樹に朝一番で連絡を入れた。そして、その日の夜、尚哉は達樹の家に居た。


美咲に妊娠していることを告げられた後、訪ねて来た時と同じように和室で達樹だけでなく達雄も一緒に前回と同じ席に座り、座卓の上へビールの入ったグラスを並べて三人で座卓を囲んだ。


「それで、急いで相談したいことって何だ」


三人が席へ落ち着いた頃合を見計らい、達樹が早速に口火を切った。できるだけ早く時間を作って欲しいと朝の電話で頼んでいた尚哉へ応えた形で話を振ってきた達樹に、気持ちが急いていた尚哉は時間を無駄にはできないと何かに突き動かされるように用件を話し始めた。


「昨日の夜、俺の上司の佐伯課長に誘われて一緒に飲んだんだ。その時……」


尚哉は昨夜の白樺での出来事を話し、次の標的に尚哉の両親か梨奈が選ばれるかも知れないと告げた。


「樫山専務から責任を取って娘の美咲さんと結婚するように迫られ、きっぱり断ったと達樹から聞いていたんだが……」

「断ったから、尚哉の上司を担ぎ出してきたんだろう」


水鏡で秋光と美咲を相手に結婚の話を断った翌日、尚哉は達樹へ事の顛末を報告していた。そのことを聞いてきた達雄へ達樹が応じた。


「その佐伯課長という人物は、樫山専務の腹心の部下なのかね」

「いいえ。佐伯課長は支社から本社へ移って来た人で、これまでに樫山専務と関わることはなかったはずです」


達雄から秋光と佐伯の関係を問われ、深い関係はないと応えると、達雄と達樹はそれぞれに何か考え込み口を噤んでしまった。


 黙ってしまった達雄と達樹の姿を見て、二人でも簡単には名案が浮かばないのかといくらか気落ちしながら二人の考え事を邪魔しないように、何も言わず尚哉が様子を見ていると達樹がボソッと零した。


「気に入らないな」

「何が気に入らないんだ」

「樫山専務は、なぜお前の上司に話を持って行ったんだ。たとえ、上司に説得されてお前が結婚を承諾したとしても、お前の両親が結婚に同意しなければそれまでだろう。そこに、何の意味があるんだ」


達樹も尚哉と同様にそこが気になったのかと思い、佐伯から聞いた話をした。


「俺も最初に話を聞かされた時、そこが気になって佐伯課長に尋ねたんだ。そうしたら、樫山専務は体裁を重んじているらしいと言っていた」

「それなら、余計に話がおかしいだろ」


考えてもみなかった台詞が達樹の口から飛び出し、それに釣られて達樹を見入ると達雄も達樹に同意した。


「確かに、それだと話の筋が通らないな」

「体裁を気にする奴が、お前の上司というだけで腹心の部下でも何でもない相手に、自分の娘が妊娠させられた挙句に、その男に捨てられそうだと漏らすのか。普通なら、有り得ないだろ」

「よほど信頼できる相手でなければ、話す気にもならないだろうな」


達雄と達樹に言われて初めて自分が見落としていた疑問点に気が付いた尚哉は、二人に言われたことを混乱しそうになる頭を働かせて考えていた。


「お前の上司が、だれかれ構わずベラベラと吹聴して歩くような人物だとは思わないが、酒に酔った弾みにでも誰かに一言漏らしてみろ。そうしたら、話は直ぐに人の口から口へと伝わるぞ。そういう類の話はみんなの大好物だからな。それで、あっという間に社内中の噂の的だ」


言われてみれば、確かにそういう危険性はあった。たとえ、佐伯が口を滑らせなくとも尚哉と話している会話を誰かに聞かれたとしたら、同じ結果を招く可能性は十分に考えられた。



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