第41話 標的

「それで、これからどうするか具体的に考えていることはあるのか。一緒に暮らしている彼女は、今回のことは知っているのか」


佐伯が口調を改めて話を元に戻し、これからのことについて聞いてきた。


「彼女には、何も話していないんです」


変な形で梨奈の耳に話が届く前に、尚哉の口から事情を説明しておいた方がいいのではないかと思いつつも、話す決心などつきそうになかった。


「両親にはどうなんだ。話したのか」

「いいえ。余計な心配を掛けたくなかったので、まだ何も……」


尚哉は、両親にも何も話していなかった。美咲が子どもを産むとはっきりするまでは、余計な心配をさせたくないと思い話すつもりはなかった。


「なあ、新井。俺が新井の説得に失敗したと知った樫山専務は、次にどう出ると思う」


佐伯が尚哉の視線を捉え投げ掛けた問いの答えは、直ぐに頭の中に浮かんだ。


「酷なことを言うようだが、樫山専務が本気で自分の娘と新井の結婚を望むなら、次は新井の両親に話を持って行くか、彼女に新井と別れるように圧力を掛けるか、あるいは、その両方か……。可能性は十分にあるんじゃないか」


尚哉の頭の中に浮かんだ答えを、佐伯が言葉にして発した。現実にそんなことが起こったら……と考えた途端、頭の中が真っ白になり尚哉は何も応えることができなかった。


「新井の気持ちも分からなくないが、ここまできたら、ちゃんと話しておいた方がいいのではないか」


尚哉は、『考えておきます』と応えるだけで精一杯だった。


 その夜、尚哉は眠れなかった。もしも、佐伯が言ったように秋光が尚哉の両親や梨奈を次の標的として選んだら……と思うと、居ても立ってもいられない気分になり、落ち着いて眠るなどとてもできなかった。


 話を聞いた両親や梨奈は、相当な衝撃を受けることだろう。それでも、尚哉が誠心誠意話をすれば父は状況を正しく理解しようと努め、尚哉を見捨てるような真似はしないはずだった。


 だが、梨奈は……。自分の知らないところで、尚哉の子かも知れない子どもが産まれようとしていると知ったら……。


 尚哉の身体に柔らかな温もりを伝え、尚哉の腕の中で穏やかな寝息を立てて眠る梨奈が、どれ程の苦しみを味わうことになるのかと考えていると、知らず知らずのうちに梨奈を抱く腕に力がこもった。


「……ん……」


急にきつく抱き締められた梨奈は、身動ぎをして尚哉から離れようとした。尚哉は、梨奈が離れて行かないよう抱き留めたまま、宥めるように梨奈の背中に手のひらを当てゆっくりと上下に動かした。梨奈は、直ぐにまた穏やかな寝息を立て始めた。


尚哉は梨奈が寝入ったのを確かめ、梨奈の身体を緩く抱き込めて全身で梨奈を感じながら、今のこの幸せが自分の手から零れ落ちないように、秋光の企みを何としても阻止しなくてはと決意を新たにした。


 しかし、一晩中考えてもそのための名案が何も思い付かなかった。

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