第32話 パンドラの箱

 ショコラを食べ終わったところで、達樹が口火を切った。


「実を言うと、梨奈さんから連絡が来るのを待っていたんだ」


達樹の言葉に驚いて梨奈が達樹の顔を見ると、達樹は真剣な眼差しを梨奈へ向けていた。


「尚哉は今、厄介な問題に巻き込まれていて俺も尚哉の顧問弁護士として、問題を一日も早く解決できるように頑張っているところなんだ」

「いったい……、何が、あったんですか……」


何か問題が起こっているのだろうとは思っていたが、それが弁護士を必要とするほどの問題だと知れされ、梨奈は落ち着かない気分になり躊躇いがちに口を開いた。


「本当なら尚哉の口から直接梨奈さんに話せれば良かったんだろうが、内容が内容だけにどうしても話せなかったらしい。でも、家にも帰れなくなって梨奈さんと連絡を取り合うこともできなくなって、漸く何があったのか梨奈さんに告げる決心をして、自宅に置きっぱなしになっているあいつのパソコンにメールを送ったと言っていた」

「パソコンにですか」


尚哉のパソコンが、うちに置いたままになっていることには気が付いていた。だが、そこに尚哉がメールを送っているとは思わず、手を触れることもなくそのまま放置していた。


「正直に言うと、尚哉からメールを送った後に、そのことを梨奈さんに伝えてほしいと頼まれたんだ。でも、俺は尚哉と会うことも叶わず、連絡も取り合えない状況で俺から言うのではなく、梨奈さんの方から梨奈さんの意思で聞いてほしいと思って尚哉にもそう言ってあったんだ」


達樹の話を聞いて心許ない思いが沸いた梨奈が真衣へ視線を移すと、真衣も戸惑っているような表情を浮かべて達樹を見ていた。


「メールには、これまでのことを全て書いてあると言っていた。だから、見る見ないの判断は梨奈さんに任せるよ。ただ、俺の希望としては梨奈さんには事情を知った上で、それを受け止めて尚哉の帰りを待っていてほしいと思っている」


それは、決して開けてはいけないパンドラの箱だったのかも知れない。


 達樹と話した後、急いでうちへ戻った梨奈は尚哉のパソコンを起動してメールを読み始めた。これ以上、何も知らないままでいることに耐えられなくなっていた梨奈には、メールの存在を知って読まないという選択肢はなかった。


ただ、達樹と話してどんな内容であっても大丈夫なように心構えはしていたはずだった。しかし、そこに書かれていたことは、余りにも衝撃的過ぎた。


 ギリシア神ゼウスがあらゆる悪と災いを封じ込めたというパンドラの箱。目の前のパソコンの画面に表示されているメールは、梨奈にとってのそれだったのだろうか。


メールを読み終えると同時に強い吐き気に襲われた梨奈は、トイレへ駆け込み胃の中のものを全て吐き出した。それでも吐き気は治まらず、何度も胃液までも吐き出し、吐き気が治まった時には疲れ果てて寝室までがとても遠く感じられ、リビングのソファへ倒れ込みそのまま意識を手放した。


 本年12月26日。


「なぜ呼ばれたのか、理由は言わなくても分かっているね」

「生憎と、私には心当たりがないのですが……」


尚哉と梨奈の記念日だった12月25日の翌日、尚哉は出社して間もなく秋光から呼び出しを受けた。秋光の問い掛けに心当たりはないと応えたが、実際には呼び出しを受けた瞬間からその理由には思い当たっていた。


 樫山家では毎年12月25日にクリスマスパーティを開いて、主立った親族が集まり一年の労を労いながら親交を深めているということは以前から聞いて知っていた。今年は、そのパーティに美咲のパートナーとして尚哉も出席するようにと秋光から言われていた。

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