第31話 混乱
なぜ電話が繋がらないのか訳が分からず、梨奈はすっかり混乱してしまった。尚哉から贈られた指輪と携帯電話を呆然と眺めていた。
心が惹かれる素敵なデザインに嬉しい言葉が刻まれた指輪は、尚哉が梨奈を求めているようにも思え、反対に今でも繋がらない電話は、はっきりと梨奈を拒絶しているようにも感じられた。
『私は……、尚哉に捨てられたのだろうか……』
そう考えると、全ての辻褄が合うような気がした。
以前、会社の同僚の沙織が話していたように尚哉に出世の話が持ち上がり、そのために必要な相手との縁談の話が進んでいて、尚哉は心を梨奈に残したままその相手との結婚を選んだ……。
だが、話の辻褄は合っても梨奈は違和感を覚えていた。
尚哉は努力することを厭わず、そうすることが必要だと思えば時間は掛かってもこつこつと積み上げ、それを自分のものとすることができる人だった。梨奈は、そんな尚哉を尊敬していた。
そう考えると、尚哉の今の行動はちぐはぐなような気もしていた。思案に余った梨奈は、真衣へ電話を入れた。
真衣は、一年程前から達樹と親しく交際するようになっていた。出会ったばかりの頃は、女性にもてて誰にでも優しい達樹との交際は苦労しそうで嫌だと言っていた真衣だったが、尚哉も交えて4人で何度か会っているうちに親しくなっていったようだった。
尚哉と仲が良く、気兼ねなく何でもぽんぽんと話をしている達樹なら尚哉に何が起こっているのか知っていて、真衣にもそれらしいことを話しているのではないかと思った。
「何かあったの」
真衣からの問い掛けに、どう応えたらいいのかと躊躇いながらも自分だけの胸の内に仕舞い込んでおくには苦し過ぎて、梨奈は事実を有りのままに話した。
「本当に、今も尚哉さんからの連絡はないの」
話を聞き終えた真衣に問われた内容に梨奈は胸が詰まり、真衣に対する気安さから弱い自分が顔を覗かせた。
「私……、尚哉に愛想を尽かされて、捨てられちゃったのかなあ……」
「何馬鹿なことを言ってるのよ。あんなに深く梨奈のことを思ってる尚哉さんから、梨奈を取ったら何が残るって言うの。間違って落としただけでも、大騒ぎするに決まってるじゃない」
尚哉に捨てられたかも知れないと言った梨奈の言葉を、間を置かずにきっぱりと否定した真衣に力を貰えた気がした。
「達樹さんから何か聞いてない」
「達樹とは、仕事が忙しいらしくてここのところ会ってなかったんだよね。でも、確かに達樹なら何か知ってるかも……。ちょっと待ってて。確かめてみるから」
真衣から貰った力に後押しされて、真衣は何か知っているのではないかと尋ねてみると、真衣は言うだけ言って梨奈の返事も聞かずに電話を切ってしまった。
次の日、達樹も一緒に真衣と3人で会う約束をした梨奈は、定時で仕事を終えて真衣のお気に入りのショコラを買い、約束の時間まで適当に時間を潰した後、真衣が借りているワンルームマンションを訪ねた。
真衣へショコラを渡して部屋の中へ入ると、達樹が毛足の長いラグの上へ置かれた背の低い丸テーブルの一角に座っていた。
達樹の正面に腰を下ろして挨拶を済ませると、真衣も手土産のショコラと一緒にコーヒーを入れたカップをトレーに載せて持って来た。そのまま達樹の隣に座り、『話は食べてからにしよ』と言いながらコーヒーとショコラを配り始めた。
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