第27話 作戦
達樹は中学校へ入ったばかりの頃から悪知恵が働くようになり、そういう時には決まって今と同じような表情をしていたことを思い出した尚哉は、黙って達樹の考えを聞くことにした。
「おそらく、専務の娘にしてもお前に薬を盛って眠らせた上で強引に身体を繋げた結果、子どもができましたとは口が裂けても言えないはずだ。だからこそ、お前と愛し合った結果、子どもができたという話をでっち上げたんだ」
そこまで言って尚哉の意見を確かめるように尚哉の目を見てきた達樹へ、尚哉は頷いて話の先を促した。
「これは俺の推測だが、専務の娘はこの先も事実を封印してでっち上げた真っ赤な嘘を吐き通そうとするだろう。お前は、それを利用すればいい」
「どういうことだ」
美咲が体面を気にして自分がとった行動を口にはできないだろうということは、尚哉にも容易に想像がついた。だが、それを利用するという意味が分からず達樹へ尋ねると、達樹は笑みを深めて話を続けた。
「専務の娘が、お前と愛し合ったと誰かに話したとする。だが、お前にはその記憶はない。だから、お前はそういうことは一度もなかったと、その話を否定する。実際にそんなことはなかったのだから、お前は事実を告げたことになり、それは紛れもない真実だ。そして、その上で愛し合ったことはないのだから、子どもとは無関係だと主張する」
尚哉は、予想だにしなかった達樹の話に言葉を無くしていた。
「真っ赤な嘘というのは、必ずどこかで無理が生じ綻びが出る。だが、事実はどこまで行っても変わることがない。だから、聞き手側の印象も違ってくる」
「確かに、そうすることは有効な手段と言えるだろう。そうして、尚哉君がきっぱりと拒否の姿勢を見せれば、産まない選択もできる今なら専務の娘も色々考えるはずだからね。でも、尚哉君が大切だと思う相手には、本当のことを話して協力してくれるように頼んだ方がいい。そうでないと、本当のことを知られた時に、尚哉君に対する信頼を損なうことになりかねない」
達樹の話に賛同しながらも尚哉のことを思って助言してくれた達雄に、尚哉はしっかりとその目を見て『はい』と返事を返した。
達樹の提案した美咲の嘘を利用するという話を基に、これからのことについて話を煮詰め、今は美咲の出方を見るということで相談を終えて、尚哉がベルフラワーの自宅へ帰ると梨奈はもう休んでいた。
一緒に暮らし始めた頃、梨奈は尚哉の帰りが遅くなっても起きて待っていたのだが、梨奈も正社員としてフルタイムで働いていたため、尚哉から頼んで帰りが遅くなる時には先に休んでもらうようにした。
初めは渋っていた梨奈だったが、それで疲れて体調を崩されても尚哉は看病のために簡単に仕事を休むこともできず、何より尚哉との生活が梨奈にとってマイナスとなることは避けたかった。
そのことを梨奈へ伝えると、それからは尚哉の帰りが遅い日は先に休んでいるようになったのだが、代わりに遅く帰って来る尚哉のために夜食を用意し、労いの言葉を含んだメッセージを添えておいてくれるようになった。疲れて帰って来た尚哉にとって、梨奈の心遣いは癒しでもあり楽しみでもあった。
その日も途中で達樹と飲んで遅くなると伝えてあったため、いつものようにメッセージを添えた夜食が用意されていた。
書かれていたメッセージに目を通し寝室へ行くと、梨奈は規則正しい寝息を立てて眠っていた。尚哉はベッドの端へ腰を下ろして、梨奈の寝顔を見ながら達雄に言われたことを思い出していた。
『大切な人には本当のことを告げた方がいい』
尚哉もその通りだろうと思った。そして、梨奈は尚哉にとって間違いようもないほどに大切な大切な存在だった。
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