第25話 証拠

 美咲と会ってから腹の中に溜まり続けていた苛立ちを紛らわせようと尚哉は目の前に置かれたグラスに手を伸ばし、呷るようにグラスの中のビールを一気に飲み干した。


「どうやら、お前はまんまと嵌められたようだな。おそらく、専務の娘がお前との既成事実を作った時には、腹の中に他の男との間にできた子どもがいたんだろう」

「なぜ、そう思う」


達樹が缶ビールを差し向けながら静かに語り始め、尚哉は黙って空になったグラスを差し出した。


尚哉のグラスへビールを注ぎながら達樹が話した内容に、尚哉の胸がざわついた。達樹からビールの入った缶を受け取り、達樹のグラスへ注ぎ足しながら尚哉は逸る気持ちを鎮めるように問い返した。


「やり方が強引過ぎるだろ。幾ら男慣れしていると言っても、相手は大学を出たばかりのお嬢様だ。相当な覚悟がなければできないことなんじゃないか」

「行動を起こした時期を考えても、その可能性は高いと言えるのではないか」


達樹がビールを一口含んで飲み込んだ後推論を口にすると、それを後押しするように達雄が言葉を付け足した。それに軽く頷いて達樹はさらに続けた。


「その日、行動に移さなければ海外に行く予定になっていたお前とは、暫く会えなくなってしまう。その間も、腹の中の子どもは育つ。返って来るのを待って行動したのでは、計算が合わなくなってしまうだろうからな」


尚哉は達樹の言葉に光明を見た気がした。しかし、次に続けられた言葉で灯った明かりが消されてしまった。


「それでも、お前の子である可能性は否定できないがな」


達樹の話に思わず、そんな馬鹿な話があってたまるかと怒鳴りそうになった尚哉は、グラスに満たされたビールを流し込み言葉と共に飲み込んだ。


「証拠があればな……」


達樹がポツリと呟いた言葉に、尚哉はハッとした。あの時、美咲の拘束から逃れた後、尚哉は真っ直ぐ自宅へ帰り、シャワーを浴びて身体に残されていた痕跡を洗い流してしまっていた。自分の冒した過ちに気が付いた尚哉は、それをそのまま言葉にして零していた。


「あの時、真っ直ぐうちへ帰らず、病院へ行っていれば……」

「それは……、どうだろうな」


尚哉の反省の言葉に達樹が疑問を投げ掛け、達雄が反論の余地もない答えを返した。


「たとえ病院へ行っていたとしても、分かるのは尚哉君の身体に睡眠薬の類が取り込まれたいたこととその成分ぐらいで、それを自分で飲んだのか、それとも誰かに飲まされたのかまでは分からなかっただろう」

「殴られたり縛られたりしていれば痣になって身体に残っていたかも知れないが、そういうことはなかったんだろ」

「……ああ……」


達雄の話を補足するような達樹の問い掛けに、確かに殴られたり縛られたりした痣は見当たらなかった尚哉は、肯定の返事をするしかなかった。


「それにな、調べれば直前に性交渉があったことは分かっただろうが、それで身体に傷が付いたとしても、それはお前の方ではなく、強引に事に及んだ専務の娘の方だっただろうしな」


尚哉は被害を受けた側のはずなのに、それを証明する証拠を見つけ出すことの困難さに、気持ちがどこまでも沈み込んで行きそうだった。

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