第24話 相談
尚哉はレストランを出た後、目的もなく歩き続けた。持って行き場のない怒りが、尚哉の足を動かしていた。『万に一つ、美咲の言う通り、美咲の子が本当に俺の子だったら……』と思うだけで、はらわたが煮えくり返りそうだった。
子どもには何の責任もないことだと頭では分かっていたが、『なぜ、俺がこんな目に遭わなければならないんだ』と考える毎に新たな怒りを呼んだ。
暫く感情のままに歩いていた尚哉は、不意に美咲の父である秋光が美咲の妊娠の事実を知ったらどうなるのかという思いにとらわれた。
慌てて腕時計に目をやり、時刻を確認すると二十時を少し過ぎた頃だった。尚哉は急いで携帯電話を取り出し、達樹へ電話を入れた。
達樹は尚哉の親しい友人であると同時に、弁護士としてこれまでに複数の依頼を受け、それらを依頼人が納得できる形で問題を解決してきていた。今後の展開を考えると、法的なことも含め秋光と美咲に隙をつかれて足元を掬われないようにするためにも、尚哉は達樹の意見を聞いてみたかった。
「達樹か。ちょっと困ったことになりそうなんだ。時間があったら、話を聞いてくれないか」
「それなら、久し振りに酒でも飲みながら話さないか。うちへ来いよ」
直ぐに電話に出た達樹に相談があると告げると、達樹の自宅へ誘われた。達樹は父親の弁護士事務所へ勤めていることもあって、事務所から車で十分ほどのところにある両親の家で家族と一緒に住んでいた。
尚哉は、ちょうど通り掛ったタクシーを拾い達樹の家へ向かった。達樹の家へ着くと、達樹が出迎えてくれ和室へ通された。
部屋の中へ入ると、中央に置かれた座卓の上に酒のつまみと缶ビールが数本、グラスと共に用意され、奥の方へ置かれた座椅子に達樹の父である達雄が座っていた。
「やあ。尚哉君。久し振りだね。たまには、私も交ぜてもらおうと思ってね」
「御無沙汰ばかりで、すみません」
尚哉が中学二年の時、尚哉の両親が郊外に家を建てるまでは、両親と一緒に尚哉は達樹の家の近くに住んでいた。尚哉と達樹は子どもの頃から仲の良い兄弟のように気が合い、お互いの家にも頻繁に出入りし、双方の両親も子どもを通して交流を持ち家族ぐるみの付き合いをしていた。
尚哉が達雄と挨拶を済ませると、達樹は出入口に近い座椅子へ座り自分の正面の座椅子を尚哉へ勧め、それぞれにグラスを配るとビールを注いだ。
席へ着き、達雄から問われた近況などについてビールで喉を潤しながら一頻り話した後、尚哉は席を立とうとした達雄を引き止め同席してくれるように頼んだ。達雄と話しているうちに達雄の考えも聞かせてもらいたいと思い始めていた尚哉は、戸惑った様子を見せていた達雄と達樹にそのことを伝え、意を決して秋光や美咲との間にあったこれまでの事を話し始めた。
尚哉は、何一つ隠すことなく全てを告げた。叶うことなら記憶から削除して何もなかったことにし、誰にも知られないように隠蔽してしまいたかった、美咲が尚哉にもたらした8月14日の夜の出来事は口にするのもおぞましく感じたほどだったが、美咲があの時の事を根拠に尚哉を子どもの父親だと名指ししている以上、あれは尚哉が望んだものではなく一方的な行為で避けることも不可能だったのだと分かってもらうためには、正直に話すほかなかった。
「俄かには、信じ難い話だな」
「そうかも知れないが、全部本当にあったことなんだ。信じてくれないか」
話し終えた尚哉のグラスにビールを注ぎながら達樹が言った言葉に、尚哉は信じてもらえないのかと不安が沸き起こり、無意識のうちに言葉を並べていた。
「落ち着けよ。誰も信じないとは言ってないだろう。生まれた時から女にもててたようなお前が、気楽な学生の時でも手を出さなかった高飛車な女に、大事な梨奈さんがいる今になって手を出すとは思っちゃいないさ」
尚哉を宥めるように達樹がいつもの口調で話し掛け、その時になって、尚哉は自分でも気付かないうちに剣呑な雰囲気を漂わせてしまっていたことに気が付いた。
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