第22話 衝撃

 海外の支社では秋光と美咲の動向を気にする必要もなく、美咲との忌まわしい出来事を思い出す回数も少しずつ減って行った。そうして、心の平静を取り戻すのと同時に、尚哉を悩まし続けた記憶も遠いものとなりつつあった。


 しかし、気持ちを立て直し予定通りに帰国した次の日、美咲から連絡が入った。


大事な話があると言われて呼び出された尚哉は、もう二度と関わりたくないと美咲を忌避する気持ちが強く最初は断った。だが、尚哉が会いに行かないのなら美咲の方からベルフラワーの自宅を訪ねると言われ、尚哉は仕方なく美咲が指定した創作料理を提供してくれるレストランへ出向いた。


 尚哉がレストランへ到着した時には、美咲は既に席に着いて待っていた。レストランの従業員に美咲の待つテーブルへ案内され、美咲の姿が視界に入った途端、嫌悪感が込み上げこの場に来たことを後悔しそうになった。


尚哉は、できるだけ急いで用事を済ませてしまおうと密かに決心し、美咲に挨拶をして従業員に案内された美咲の正面の席に腰を下ろした。


 尚哉が席に着いたのを見計らい料理が運ばれて来たが、尚哉は仕事があるからと断りを入れコーヒーだけを持って来てくれるように頼んだ。


「相変わらず、女性の気持ちが分からないようね。これからは、少しずつでも理解できるように努めてちょうだい」


尚哉の態度が気に障ったらしい美咲は、それを隠そうともせず表情に表したまま小言を言ってきたが、可能な限り美咲とは関わるつもりがなかった尚哉はそれを無視して本題に入った。


「それで、お話というのは……」

「私、妊娠したの。あなたの子よ」


美咲は一度、尚哉を見た後、運ばれて来た料理を口にしながら何でもないことのように告げた。


尚哉には、美咲が何を言ったのか理解できなかった。だが、頭の中では、ガンガンと耳障りな音が鳴り響いていた。


「……どういうことでしょうか……」

「言葉の通りよ。私たちが愛し合った結果、子どもができた。自然の成り行きでしょ。おかしなことなど、何もないわ」

「何を言っているのか、私には理解できないのですが……」


尚哉には美咲と愛し合った記憶など毛筋ほどもなく、それ以前にこれまで美咲に対して好意の類の感情を持ち合わせたことさえ一度としてないというのに、自然の成り行きなど美咲との間で起こるはずもなかった。


当たり前のことだと言い放った美咲の言葉は、尚哉には受け入れ難いものだった。


「これを見れば、理解できるはずよ」


美咲は食事の手を止めてバッグから一通の白い封筒を取り出すと、指先を添えてテーブルの上を滑らせるように差し出して来た。だが、尚哉はそれを手にする気になれず、美咲と白い封筒を見比べていた。


「自分の目で確かめてみて」


尚哉は気が進まなかったが、見なければ話を終えられないと察し封筒を受け取った。


 封を開けて中に入っていた用紙を取り出し広げて内容を確かめると、印字された大きな文字で診断書と書かれ、その下に手書きで美咲が妊娠していることを断言する文章が綴られ、さらにその下に医療機関の名称と医師の名前が入ったゴム印が押されていた。


それは、美咲が間違いなく妊娠していることを証明する診断書だった。


「これで理解できたでしょ。あなたの子よ。尚哉さん」


診断書を手にしたまま何が起ころうとしているのか考えようとした矢先、美咲の言葉が尚哉の耳に飛び込み頭の中で反響した。


『あなたの子よ。尚哉さん。あなたの子よ……。あなたの……』


頭の中で鳴り響いていた音が痛みを伴うものに変わり、苦痛を感じながらも美咲が尚哉の子だと言い切った理由を考え、思い当たったものに尚哉は愕然とした。

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