第7話 魂の片割れ

 クリスマスイヴの日、休みを取った尚哉は朝からのんびりと過ごし、久し振りにスポーツジムで汗を流した。その後、約束の時間が近付き、達樹と落ち合うために森山法律事務所へ足を向けた。


 森山法律事務所は、達樹の父でもあり弁護士でもある森山達雄が開いている法律事務所で、達樹はそこで経験豊富な大先輩の達雄に日々鍛えられながら父に並び立てるようにと、弁護士としての腕を磨いていた。


 仕事を終えた達樹と一緒にクリスマスパーティの会場となっているイタリアンレストランへ入ると、大方の参加者は既に会場入りを果たしているようだった。ざっと中を見渡すと、一人の女性の後姿が目に入った。


特に身体に力が入っている風でもなく自然体で立っているようでありながら、スッと伸びた背中が見る者にとても綺麗な印象を与えていた。彼女のような女性を後ろ美人というのだろうなと思いながら、尚哉は正面から見た姿が気になり、その女性の横顔が見える位置へ僅かに移動した。


すると、尚哉の視線に気が付いたその女性が尚哉の方へ振り向いた。均整のとれた体形が、女性の平均を上回る身長により一際人目を引き、細部まで念入りに手を掛けて作り上げたような顔のパーツがバランスよく配置されている小さめの頭が、細く長い首に支えられていた。


 それらの全てが尚哉の視界に収まると同時に、身体の芯に熱が集まり始め、尚哉はその女性から目を離せなくなった。身体が熱を持ち疼くような感覚に、初めは男としての本能に火が点いたのかと思った尚哉だったが、親しい高校の同級生がその女性に目を留めていることに気が付き、自分以外の男の視界からその女性を隠してしまいたい衝動に駆られ、身体以上に心がその女性を求めていることを悟った。


まだ名前も知らず、一言も話したことのない相手だったが、既に尚哉の心はその女性に捉えられてしまっていた。しかも、不思議なことにその感覚を心地良いと感じている自分がいた。


 そして、その女性こそが梨奈だった。


「お互いに引き立て合っているというのは、珍しい組み合わせだな。狙っている連中も多そうだ」


尚哉が梨奈に目を奪われていると、達樹が話し掛けてきた。達樹の言葉に改めて梨奈と一緒にいた真衣と見比べて見ると、真衣は咲き誇る大輪の花を思わせ、梨奈はしんしんと降り積もる雪の中、凛として花を咲かせる寒椿のような美しさがあった。


「競争率は高そうだぞ」


達樹が、クリスマスパーティに参加している男性陣に視線を走らせ状況を伝えてきた。最早、その時には尚哉の心の大半は梨奈で占められ、梨奈が隣にいない未来など想像したくもなく、尚哉は自分の思いを成就させるため達樹に協力を頼んだ。


「協力してくれ」

「協力料は安くないぞ」

「彼女は、お前の好みのタイプだろ」


ニヤリと笑って尚哉をからかってきた達樹に、軽く顎をしゃくり真衣を指して応じると達樹は満更でもないように笑みを深めた。


 前もって達樹と2人で打ち合わせをし、早々に梨奈と同じテーブルに着くことができた尚哉は、梨奈と一緒に過ごす時間を重ねる程に梨奈への思いを深めて行った。


梨奈はその外見とは異なり、柔らかな笑みを浮かべて尚哉の話に耳を傾け穏やかな口調で返してきた。その時その場に相応しいと思える的確な受け答えをする梨奈との会話は、尚哉の心を弾ませた。


だが、肝心な梨奈との心の距離はなかなか縮まらず、尚哉は表面上は平静さを装いながらも内心では焦っていた。突き刺すような男たちの視線を気付かない振りで無視し、纏わり付く女たちの視線にイラつきながらも忍耐強く接し、梨奈が連絡先を書いた紙ナプキンを差し出して来た時には心底ホッとした。


紙ナプキンを持つ梨奈の両手さえも愛おしく思え、尚哉は包み込むようにしてそれを受け取った。


 本年12月8日。


美咲は梨奈のことを、何の価値もない女と平然と言い放つ。そんな美咲自身には、どれだけの価値があると思っているのだろう。


 今日から当分の間、尚哉が梨奈の待つマンションへ帰れなくなることは、予め決められていたことだった。


尚哉の頭の中に、今朝、出掛ける自分を見送ってくれた梨奈の姿が浮かんだ。不安げな様子で瞳を揺らしていた梨奈を思い出し、今すぐ抱き締めたくなった。


しかし、どうしようもできない現実に、尚哉は自分の頬を撫でていた美咲の手を掴み力を込めて引き剥がした。

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