第6話 クリスマス休暇

 尚哉にとって梨奈との出会いは、衝撃的なものだった。


 2年前の12月24日、高校の同級生の中沢が主催するクリスマスパーティへ、達樹に誘われて出掛けた会場で梨奈を見た瞬間、尚哉は懐かしさを覚えた。それは、まるで物心がついた頃から無意識に体感としておぼろげに感じ取っていた、自分の中の欠けていた部分を見つけたとでもいうような自分が満たされていく感覚だった。


その時の感情を言葉で説明することは難しく、強いて言い表すとしたら魂の片割れに巡り会えたということになるのだろうと、後になって気が付いた。


 その年の四月。プロジェクトチームの一員として抜擢された尚哉は、通常の業務に加えてプロジェクトチームのメンバーとしての役割も担っていたため、達樹からクリスマスパーティの誘いを受けた時には仕事に忙殺され、初めは仕事が忙しいことを理由に誘いを断っていた。


 プロジェクトチームは、既存の取引について多方面から検証し、今後の課題となる点の洗い出しを行い、それらについての対応策を提案することと、競合他社が取り扱いをしている製品の性能および市場の反応と当社のそれらとを、比較検討した結果の情報を提供することの二つを目的に設立されたものだった。


その目的に沿うように活動を続けていたプロジェクトチームの目的に、尚哉が入社する2年前、新たに四葉環境株式会社取締役社長に就任した現在の社長でもある水原の意向で、若手の育成が付け加えられた。


その結果、プロジェクトチームのメンバーとして5年が経過した者には、それぞれが所属する部署の課長補佐の肩書きが与えられ、次期課長として当期の課長から指導を受けつつ、プロジェクトチームのアドバイザーとして後進の育成が義務付けられた。


また、新たにプロジェクトチームの一員となる者は、入社後、同じ部署で3年から5年を過ごした者の中から、その部署の部長により推薦を受けた者が選ばれることとなった。


 その当時、プロジェクトチームの新メンバーとして、連日、一日も早く一人前となるようにアドバイザーから厳しい指導を受けながら通常の営業活動も行っていた尚哉は、時間がいくらあっても足りない状況に置かれ精神的にも余裕を失っていた。


プロジェクトチームに入る前は恋人と呼べる女性もそれなりにいたが、尚哉の中では仕事より優先順位が低かったため、いつも仕事を優先させていたことに相手の女性が不満を募らせ長続きせず、女性の方から去って行ってしまっていた。


 子どもの頃から気の合う悪友ともいうべき達樹は、気を紛らせる相手もいないまま心の余裕を無くしていた尚哉を心配して、気分転換に出かけようとクリスマスパーティへ誘っていた。


クリスマスパーティは、クリスマスイヴの日に催される実質的にはクリスマスパーティと銘打った合コンだった。


「なあ、尚哉。お前が仕事をこよなく愛していることは、俺もよく分かっている。だがな、どんなに愛したところで仕事はお前に抱かれてはくれないだろう。あんまり御無沙汰ばかりして、いざとなった時、がっつき過ぎて3分で終わってみろ。男としての面目が丸潰れだぞ」

「……いや。3分はないだろ……」


渋る尚哉をその気にさせようときつい冗談交じりに説得をしてくる達樹に、尚哉は弱々しく反論しながら頭の中では別のことを考えていた。


 プロジェクトチームのメンバーとなった春頃から、尚哉は深夜までの残業は当然のこと、休日も返上で出勤することが多くなっていた。営業という仕事柄、それまでにも休日と出張が重なったり、取引先への対応に出勤したりすることはあったのだが、その分の代休は消化できていた。しかし、今年は代休を消化することができず溜まる一方だった。


そのため、総務部の方から尚哉の直属の上司である課長の佐伯に対し、年内に溜まりに溜まった代休の幾らかでも消費させるようにとの要望が上がってきたらしく、その日の朝、尚哉は佐伯から休暇を取るようにと注意を受けていた。


「新井。仕事熱心なのはいいがな、熱心過ぎるのも考えものだぞ。思い切ってクリスマスに休みを取って心身ともにスッキリしてきたらどうだ。お前なら、その辺に立っているだけで女が放っておかないだろ」


佐伯から冗談とも本気とも取れない話をされた尚哉は、それでも休むことは考えられず『考えておきます』と返事をしてその場を離れた。


だが、佐伯に続いて達樹にも同じようなことを言われた尚哉は、そこで初めて自分が疲れていたことに気が付き、改めて佐伯に言われたことを思い返し佐伯の言葉に甘えることとした。

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