第5章ㅤリカバー
ベッドの横に置いてある椅子に座り俯いているカノンを心配してランスは声をかける。
「生きてて良かったな」
疲れたように頷くカノンは、ゆっくりとランスやクラウディオたちの方を見る。
その目元が赤いのは一目瞭然だ。
「ランスたちもいっぱい傷ついてるでしょ?ちゃんと手当てして休んで」
儚さのある笑みで些細な気遣いをする。カノンには今精一杯の言動だった。
スウェンが死んでしまった。カノンがそう思い込んでからスウェンは獣医師に診てもらい重症ということで手術室へすぐに運ばれた。
その間、待合室で待つカノンは、スウェンが亡くなっていなかったことに希望を見つつもこれからどちらかに結果が決まってしまうことに生きた心地がしなかった。
時おり込み上げてくるものを抑えきれず静かに涙を流す。
その光景を見ていたランスたちは、スウェンのことを心底心配しながらもカノンのことが心配でたまらなかった。
もしスウェンがだめだったら、人の死を間近に見たことのないようなカノンが彼の死を告げられたらどうなってしまうだろうか。
それほどスウェンとカノンは親しい間柄ではないと思っていたがどうやらそれは違うようで、それが一層よくない。
スウェンを思うカノンの心の大きさは計れない。それが大きければ大きいほどカノンにダメージを与える。
死を簡単に受け入れる彼女がもし……。
そう考えるランスたちは、涙を抑えるためであろう唇を噛み締めるカノンの行動を見ているだけで嫌な未来を想像させた。
ランスたちが素直にいなくなってくれてカノンはほっとしながら人の姿のスウェンを眺めた。
手術が終わって一命を取り留めたスウェンを、意識を取り戻してすぐ来てくれたイデルが魔法をかけ解いてくれたのだ。猫の姿から元の姿に戻す魔法を。
その魔法をかけられ慣れていたスウェンは意識がなくも簡単に人の姿に戻った。
メヒストと婚姻してからクレイモアで生活することになり潜入する形で側にいてくれたスウェン。
ずっと猫の姿だったから、久しぶりに見るスウェンの姿に安堵する。
「本当に良かった」
弛んだ暖かい眼差しでカノンは見つめていた。
いつの間にかシーツに伏せ寝てしまっていたカノンは目覚め、こちらを見ていたスウェンに気づく。
最初は視界がぼやけていたものの、スウェンの顔の血色が悪くないことへの安堵。それから生きていると実感して、微笑みを浮かべているはずなのに泣きそうになる。
「スウェン、良かった」
「無傷とは言えないがな」
「生きててくれて本当にホッとした」
「お前も生きててくれて良かった」
お互いに微笑った。
「異世界ではもうすでに死んでるけどね」
カノンがついそんな言葉を発してしまうとスウェンは無表情になった。怒ってしまったかもしれない。
「それとは別の話だろ。今ここでお前は生きてる。ずっとそうして生き続けろ」
「ずっとは無理だよ。さすがに八十とかいったら病気になりそう」
「ならない」
なぜ言い切れる。
「勇者だろ」
「それをここで持ってくる……!」
ははっと笑うスウェンは物珍しかった。
自分の気持ちもやっと落ち着いてきたところでカノンはちょっと真面目な話を切り出す。
「あのね、私、スウェンがいてくれて心強かったんだ。この世界に来た時もその後も。だから、ありがとう」
「なんで今更」
「スウェンが亡くなったって勘違いしたとき、引き止めなかったていうこと以外に一番に後悔したのがそれを言えてなかったことだったから。だから今言っちゃおうと思って」
戦場になっているであろうアトリシアに黒猫姿のスウェンは戻ると言った。まずはカノンを安全な場所に連れて行くからついてこいと。
カノンは断った。自分だけ安全な場所にはいられないと。
それでスウェンは一人でアトリシアに向かってしまった。
力づくに止めることができたかもしれないのにそうしなかった。戦争を止めることを第一に考えてしまっていたから。メヒストに頼み込もうという解決の糸口を見つけることに精一杯で。
スウェンも同じだった。
自分の身を案じることもなく、猫の姿のまま戦場に向かって。イデルにすぐ人の姿に戻してもらえる確証なんてあるはずないのに。
銃で撃たれて重傷で、でもスウェンは誰のせいにもしない。見返りさえ求めない。
皆のことを第一に考えて行動したんだ。
「スウェンは大事な人だって気づかされた」
この世界に来て初めての気を許せる存在となった。
少しの間合っていた視線は外され顔を背けられる。
「スウェン?」
「……俺も思ってるよ。お前は守ってやらないといけない存在だって、カノンがここへ来たときから。今は一層強く感じている」
横顔を見ていたカノンに向けられた誠意のある言い方。
「だから心配する必要はない」
それといつもの真っ直ぐとした眼差し。
それはどういう意味だろうとカノンはじっと見て真意を読もうとする。見つめ合う形になってしまっていることに気づいてから熱が上がる。
頭に血が上った。確実に怒りではない何か。
「心配するよ!今守られないといけないのはスウェンの方でしょ。毎日くるから安静にしててね。ちょっとセナ王に用があるからまた明日!」
それはなんというか、いきなりというか。
アトリシアの一室で一騎討ちが始まろうとしていた。
誰と誰か?
アトリシアのセナ王とクレイモアのコーラス皇帝が。
もう苦笑いすらできない。
私の両脇にはクラウディオたち全員いて。もちろんメヒストも、父であるコーラス皇帝を複雑そうな心配そうな顔で見ている。何をしでかそうとしているのか。今までの経緯を見てきて不安なのだろう。コーラス皇帝の安否を、セナ王の安否を願っているように見える。
両者に何があっても大変だ。
比較するまでもない。セナ王より身分の高いコーラス皇帝になにかあってはセナ王が、処分を下される。コーラス皇帝がそこまで小さな人間であればのことだが。
ひとつ言える事がある。コーラス皇帝は卑怯な人間だ。
メヒストには悪いが、メヒストがあの人から生まれてきたとは信じられない。
これはどちらもが望んだ戦い。
コーラス皇帝の果たし状を仕方なく受け取ったような形のセナ王だけれど、そこには決意があったように感じられた。
「こそこそと隠れ逃げていたお前がこうやって立ち向かうとはな」
「私は戦争にならないために行動してきただけだ。しかし、どうやってもお前との関係は良くならないらしい」
「なるわけがない」
剣を交わう。
私はそれを見ていることしかできない。
セナ王に呼ばれた一室で話を聞くことしかできなかったときのように。
『お前と離れて予知の力がうまく発揮しなかった』
『どうしてそうなったの。前はそんなんじゃなかったってユリクが言ってました』
『お前には言っておくべきだったな。お前には私の半分が入っている。召喚をしたときにそうなったんだ。それが離れると力が弱まる理由だ』
『そうなると知っておきながらどうして私をメヒストの元へ?』
『そうすれば平穏になると思ったんだ。甘かったがな』
私をこの世界に連れてきたときはなんて勝手な人だと思っていたけど、まあ彼は必死なのだ。守ることに。自国を、自国にいる人達を。
私は元の世界ではもう生きてはいないのだと知ってからはセナ王には感謝してる。魂を拾われたわけなのだから。どこにいくかわからない魂を記憶を失われない形で、どうやってかどういう原理でかは知らないがこうして二度目の人生を、変わらない自分で異なる世界に生きている。
『どうやらあいつは私を殺さないと気がすまないらしい』
セナ王はもうわかり合うことをやめてしまったのだ。もう駄目なのだと諦めてしまったのか。冷静な様子でその答えをだしたセナ王に何も言えることなどなかった。
「俺の女をお前は奪った」
「違う。彼女はお前のことなど好いてはいなかった」
「だとしても、俺の手元にあった。俺のものだ」
「リーンと私は愛し合っていた。それを壊したのはコーラス、お前だろう」
「ふざけたことを」
「ふざけてなどいない。力を利用してそちらに行かなければいけない状況に追い詰めたのはどこのどいつだ」
あざ笑うコーラス皇帝にセナ王は剣の手を止め面と向かって言う。
「力で何かを得て何が悪い。リーンとの子供を身籠ったのは私が先だ」
メヒストの話だろうか。リーンという人は二人の恋人でどちらが先に付き合っていたか、どちらのほうが愛し合っていたかこじれた話?
「セナ、お前は後だったろう?愛し合っていたというのが本当なら俺よりも先に子供をつくっていたはずだ」
「何もしなかった。できなかった」
セナ王は暗い顔をして伏せた。
「はっ、そんなに臆病だったのか?」
「彼女の体がもともと弱かったからだ」
馬鹿にしたコーラス皇帝の様子がおかしくなる。
「子供をつくればもっと体が虚弱になる、そうなってほしくはなかった」
「そんなこと、そんなことリーンは言っていなかったぞ!」
声を荒げる。困惑、怒り、嫉妬。
嘘だという感情からまさかというものに変化したのがわかった。もし本当なら自分には話してくれなかったという劣等感さえ感じられる。
セナ王は嘘をつくようには見えない。嘘をつくにしても必要な嘘をつく。自分の得になるだけの嘘をつかたことはない。ということは……。
二人の会話に混乱していたけど正しい事を言っているのはセナ王で、リーンという女性とセナ王は愛し合っていてそこにコーラス皇帝の邪魔が入ったという見解で正しいだろうか。
「お前はそうと知りながら子供を身篭らせたのか?」
閃いたままそのままにコーラス皇帝は問う。
「こうなってしまったら一人も二人も同じだと。私の元に戻ってきたリーンは彼を産んだあと私との子供が欲しいと言ってきた。だから……」
「それで死んだのか!?俺はお前が手にかけたものだと」
まるで全てセナ王が悪いかのような言い方。実際のことはわからないけどコーラス皇帝はなんだか自分は置いておいてみたいな立ちふるまいで気に食わない。
「私が殺したも同然さ」
「別の男で汚れたやつなどいらぬとそんなちっぽけな気持ちで殺ったのだと、ずっとそう」
思っていたんだーと、掠れた声が落とされる。
自分に幻滅したような青い顔。
コーラス皇帝はセナ王の恋人リーンをなんらかの形で自分のもとに来させ子供を孕ませ、その後逃げられたのか逃したのかリーンはセナ王のもとへ帰れて。それでその後のことをコーラス皇帝は勘違いしていた。
セナ王がそんなことをするはずがないのに。
そう思っていたからこそ恨み、こんなことをしてきたのだろう。
全て勘違い、してきたことは無意味。ただの逆恨み。
「お前とリーンとの子を奪われると予知できていたのだろう?なぜ守らなかった」
「お前のもとにやるべきかと思った」
落ち着いた声音のコーラス皇帝は少しは反省しているのだろうか。後悔しているにはちがいない。
「なぜ実の息子をやろうと?」
「お前は人質が欲しかったのだろう。私がお前に危害を加えたときに盾にしようと」
「最初はそう思っていた。そう思っていたはずなんだがな」
「メヒストが戦争を止めに行ったのを力づくで止めなかったのは、それが原因だったか。実の息子のように愛を注いだのだな」
「お前の方はどうなんだ」
「コーラスには悪いが、私の方は養子として育てたよ。いつか実の親の話をしようと、そしてリーンのことも」
「セナの方が全うしたものなんだろうな」
これまでのことはなんとか理解できたけど、まさかなって感じで両隣を見た。みんな無表情だけど何人かは確信ついた顔をしていて。その何人かの中にはメヒストも含まれる。
「それで、私の実の息子というのか、それはどいつだ」
「ここにはいない。戦争中に負傷した。負傷しただけだ。安静にしている」
私の実の息子? 戦争中に負傷?
「部屋を借りていいか」
「悪いことをしないなら好きにしろ」
「メヒスト、もう全て理解してしまったかもしれないが話がある」
さっきからおかしい。
ぐにゃぐにゃな内容だ。
コーラス皇帝の招きにメヒストは難なく受け入れた。
いやちょっとまって。
コーラス皇帝の息子はメヒストのはずだ……よね?
セナ王にも息子がいたようで、養子として育てたって。でもそれは実の息子ではなくてコーラス皇帝とリーンさんの子供で。
実の息子のようにということは、コーラス皇帝の育てた子供は実の息子ではないということになるわけで。メヒストは……。これからどんな話を聞くんだろう。
「私もあいつと話をせねばな」
「あいつって誰ですか?」
セナ王が言うにはメヒストはセナ王の実の息子らしい。つまりセナ王とリーンさんとの間に身ごもった子供。だからメヒストは少し先の相手の攻撃がわかるのだと。
コーラス皇帝との子供を身ごもり帰ってきたリーンさんとセナ王の間にすぐ子供ができたらしい。一人目を産んだときにはすでにリーンさんの体は弱りはて、二人目を産むことをセナ王は止めた。しかしリーンさんは流産を選ばなかった。あなたとの子を産ませてほしいと。
切に願うリーンさんを拒めなかった。
彼女を否定してでも止めるべきはずだった。
人一人の命だ。それが失われるかもしれない。とても大事な愛するひとだ。何ものにも変えられない。大事な存在だ。
それなのにセナ王はそれを止めることはリーンさんを否定することのように感じられできなかったらしい。本当に馬鹿なことをしたと悔やんだが、自分とリーンさんにそっくりな赤ん坊の笑っている顔をみて、自分は私達のかけがえのない奇跡をないものにしようとしていたことに気づいたという。
そしてセナ王の実の息子が誰なのかと言うと。
「本人に打ち明けるんですよね。それ少し待ってくれませんか?」
なぜだという顔。
それはそうだ大事な話をさえぎろうとしているのだから。この時を待っていたということも言っていたような気がする。
「スウェンはまだ体調が万全ではありません。だから完治するまでの間は黙っていてくれませんか?」
「……わかった」
本当にびっくりしたものだ。
あのスウェンが彼の息子なのだから。
「もし、スウェンの父親っていう存在が現れたらどう思う?」
「突飛な質問だな、また」
「いいから。答えてほしいんだけど」
「別にどうも思わない」
「え?」
「顔も何も覚えていない存在が目の前に来てもそうだろう。言われなきゃわからない」
「そうじゃなくて、その、だから!君の父親です初めましてって挨拶されたらどう?」
「びっくりくらいする」
「それだけ?」
何を求めてるんだこいつっていう顔やめてほしい。
わたしとしてはそのことを聞いた後のことを心配して来たのに。
スウェンの怪我は悪化はしてはいないけどまだベットに安静に寝かせられている。それでもわたしが来たときには座って話ができる状態だ。
「嫌だな、とか嬉しいなとか、そういった感情というか」
「そうだな。人としていいやつなら嬉しいんじゃないか?」
「そうじゃなかったら?」
「知りたくなかったって思う。これでいいか?」
食い気味に聞くわたしに仕方なく答えているという感じだがそれが本音なのか。諦めるしかないと思う。スウェンが事実を聞いた後の心理状態を。
「わかった。知りたいよ、どんな人でも。たとえ悪人でも知りたいって思っていたときがあったな」
「そ、そっか!」
わたしは酷い顔をしていたのだと思う。わたしを見てこれじゃいけなかったのかと思考して言い直したのを知っている。それでもわたしは少し安堵した。
父親の存在なんてどうでもいいような雰囲気だったから。恨んでいるとか、素敵な人だったらとか一切望んでいなかった。
「お前の実の父親だ」
コーラス皇帝を目の前にしてスウェンは固まっている。
「コーラス皇帝……?」
呆気というか幻滅というか。怪我が完治したばかりのスウェンは、アトリシアにコーラス皇帝がいることに驚き続けざまの発言に言葉を失った。
「幻滅したか?」
「はい、しました」
直球に答えるスウェンの瞳には動揺の揺らぎはなく、それはコーラス皇帝も同じ。聞いているセナ王と特にわたしが動揺していた。
「けれど実の父親が知れて良かったです。生きていたんですね」
閉ざされていた口からつらつらと気を遣ったような言葉が出てくる。
わたしがスウェンに父親が現れたらどう思うと事前に聞いたことが、ああこういうことかっていう平常心に少しはなっているのかもしれない。
「コーラス王子は……」
「あやつはセナの子供だ。メヒストとスウェンお前は、腹違いの兄弟ということになる」
「ーーってことは、母親は同じということですか? なぜ黙っていたのですか?」
セナ王に聞くスウェンの表情はいつも以上に何を思っているのかわからない。
「教えるべきときがくるのを待っていた、というのは言い訳になるだろうな。こういうことがなければ打ち明けはしなかった」
だからスウェンのことは養子としてそばにいさせたんだろうなと思った。もしコーラス皇帝が接触してきて打ち明けられた、打ち明けたとしても余計な心の傷をつけないように。そんなことがなければ一生嘘をつき続けることになる
。それをセナ王は考えて他人でもなく実の息子としてでもなく養子として接していた。
とても近くも遠くでもない関係。心の支えにはなろうとしたけど父親にはなろうとしなかったのだ。優しくも冷たさを感じる。
だからかな。最初、スウェンの優しさは暖かくも冷たさを感じた。
スウェンは真っ直ぐとしていて嘘をつかない。
「スウェン」
心なしかスウェンの後ろ姿はふわふしてるようだった。つまり心ここにあらずな感じである。
「あの……どう? 調子は」
「悪くはない」
そうじゃなくて、えっと。とつまるとやはり意図を汲んでくれたスウェンは言い直してくれた。
「コーラス皇帝の息子となると、あっちに行かないといけないのか考えていた。殿下なんてものにならなきゃいけないのかとも」
スウェンが殿下なんて考えられない。けれど実の息子となるとそれが自然体だ。
「そうなると、メヒストはこっちの王子になるのかな?」
スウェンはコーラス皇帝の息子で、メヒストはセナ王の息子でそれも自然なこと。ということはどうなるのかな……。
考えているとスウェンと目がばっちり合った。
ずっと見られていたようだ。
「そうなってほしいか?」
「えっ?」
まさか尋ね返されるとは思っていなかった。メヒストがこっちの王になるのかなって言ったことにたいしてだよね。
「そんなこと思ってないよ。ただ、交換ってことになっちゃうのかなって」
「コーラス陛下とセナ王の考え次第だろ」
あ、と思った。言ってからスウェンの機嫌が良くなくなったのがわかったから。真剣な瞳をしていたのはそのことを聞いていたのだ。自分とメヒスト、交換ということになってほしいか。
そんなのなってほしいはずがない。みんなも同じ気持ちのはずだ。
スウェンの気持ちを知らずに軽い気持ちで答えてしまったけどどう言い直そう。アトリシアにはスウェンが必要だって。
「ところでカノン、未だメヒストと婚姻関係なのか?」
「あー……うん、そうだと思う」
そうなるとそれも交換ということに? ……それももう必要ないのかな。
わたしという人質がなくてももう大丈夫そうだ。
「よく考えてみたら、交換なんてことになったら国民が困惑するだろうから今のままだろうな」
実の息子だからといって王子と殿下を交換なんて驚かない人はいない。当然なことだけれど。
「スウェンはそれでいいの?」
「どういう意味だ?」
「殿下になれるのにいいのかなって。そもそもそうであるべきだったことだし。あ、でもメヒストのこと考えると簡単にそう思っちゃいけないか……」
養子としてのスウェンはアトリシアでは王子としての扱いをうけていない。殿下となればそれはもう特別な扱いを受けることになるだろうという考えだったけど、その後のメヒストのことを考えていなかった。
「カノンはメヒスト殿下の妻で居続けるつもりか?」
「妻……」
それも考えてなかった。
婚姻関係の自覚はあったけど妻という自覚はしていなかった。
「あまり深く考えていない、っていうのが正直な言葉……。国のことを考えてセナ王がそうしてくれって言ってきて半分強制的で、選択の余地なんてなかったし。メヒストのことは嫌いではないからどうするべきなのかなって。でもこのままでないといけないっていうならそうするしかないと思う」
わたしは偽る必要はもうないと思うけど、この世界の人の考えはわからない。
納得してくれたのか、そうかと呟いたあとスウェンは息を吸う。
そして言った彼の理想。
「俺は、アトリシアとクレイモアを繋ぐ存在になろうと思う」
「それって……」
クレイモアには、殿下にはアトリシアに伯爵として務めている腹違いの兄がいると知れ渡ったらしい。そしてアトリシアにもクレイモアの殿下はスウェンの腹違いの弟だと。
勇者の彼女はそのおもを伝えられる間の国と国との繋ぎをしていてくれたと。
なんだその話という感じではあるが大事な事実である。
「これでカノンがメヒスト殿下と偽りの婚姻関係でなければいけない理由がなくなったわけだが。どうする?」
「それは、選んでいいの?」
「当たり前だ」
「メヒストのためにも破棄したい。です」
自分の知らないところでとても重く感じていたんだって気づいた。朗らかに笑ってしまうのを抑えられない。わたしにつられてスウェンまで笑う。久々に見た。何より嬉しいという感情がやってくる。しまいには目尻が熱くなってしまった。それさえ見られてしまったんだ。
「私、勇者としてまだ存在していいのかな? ほらまだここにいてもいいのかなって」
ダイニングルームにて食事をしている中みんなに問いてみた。辛辣な回答はないと思うけどなんとなくだ。安心するため。
「行く先なんてあるのか?」
「ないけど、なんていうか何も力ないし」
ランスへの自分の回答に思った以上に落ち込んだ。
「カノンちゃん何いってるのー。俺寂しいよ。ウィクリフもここにいてほしいよね?」
「ここにいたいならいてもいいと思う」
さすがユリクの励まし。だけどウィクリフの受け答えはなんだ。栗色の髪が今日は一層くるくるとしている。寝ぼけながらの返答ならショックだ。……なんて、こうして普通に接してくれるだけで嬉しい。
「こうなったらイデルに猫にしてもらおうかな」
悪くないと思うんだ、少しの間だけなら。
「自分の意思でそうなるのは構わないが、ランスと威嚇しあうのはやめてほしい」
「誰が威嚇しあうか!俺は猫にはならね」
「クラウディオの中でランスは猫ってことか」
思わずクラウディオとランスの掛け合いに呟いてしまった。
「あ!?」
「うっ、ごめんなさい」
ほらきたー。言って即謝る。
触らぬ神に祟りなし。
「猫なんて可愛いものじゃない。虎でしょ」
「それでした」
「それでしたじゃねえ!」
ユリクについつられてしまう。
「同じネコ科でも食われるな」
「まだ続けるか!何もできない勇者が」
あーーと、空気が固まった気がする。
これはいい機だ。
「……結構傷ついた。何もできない勇者はお先に失礼します」
席を立ち部屋を出ようとしたとき「あんな傷つくとは思わねーだろ」と、ランスの声が聞こえた。
「なにをしているんだ」
部屋を出てから少しも経たないうちにその声の人物がやって来た。振り返りながら微笑む。
「傷ついたのは本当だよ」
呆れながらのスウェンはわかっているのだろうか。
「だって暇なんだもん」
「暇ってお前な、クレイモアとの戦争の心配がなくなったからって」
ああ、そう。その心配はなくなった。
なくなったけど。
「スウェンはアトリシアの王としてエリスタの姫と婚姻することになったけどどうですか?」
不自然なほどの笑みを向けてしまっているだろうか。
スウェンが固く口を閉ざしたのがわかった。
ふざけている。
皇帝の息子の腹違いの兄。というのはとてもインパクトがあったようで婚約届けがきて、それにセナ王は軽く承諾するし。自分の時と同じで本当ーー
「理不尽だ」
わたしの思いと同じで心の声とはもった。
「そうだよね。本当……」
おめでとうと言えない。断ればとも軽く言えない。わたしはどうすればいいですか。この気持ちをどうすればいいですか。
スウェンは好きな人いるのかな。
「スウェンは……」
聞こうとも聞けない。
その先の言葉を探ろうとしないで。お願いだから離れていかないでほしい。
お互い声を発しない。探り合っているのかな……。
逆にもう聞いてほしいなんて。
言ったら負け。答えはわかりきっている。
自問自答。くどいくどい。
助けられたから好きになったわけじゃない。とも言い切れない。助けてくれる優しさはいいところのひとつだ。かっこいいところもいっぱいある。
今まで隠してきた。奥底に。今でも隠しとけって話だけど。
「理不尽ついでにもうひとつ理不尽。理不尽もの同士でくっつくていうのはどうですか……?」
わたしは何を言っているんだ。
自分の言ったことに絶望した。
「それはカノンと、ということか?」
そうですよ。いやそれ言ったら告白じゃーー待って告白にならないような気がする。
「そ、そう」
ならないならないならない。
いい案じゃないですかって話ですよ。
うー、誤魔化せないかな。
「お前がいいなら、いいな」
なにその告白みたいの。いや告白じゃないじゃない。
スウェンがいいならいいけど。
「いや、くどい」
わたし何か言いました?
急に続けざまに言われ何か言葉が漏れていたんじゃないかと不安になる。
「おれはカノンが好きだ。だから一緒にいたい。……お前はどうだ? 気を遣わなくていい」
「わたしはスウェンが大好き……!」
と。理不尽なもの同士付き合うことになりました。
異世界に召喚されて女だと残念がられて男装させられて、ちょっと理不尽じゃないですか? 音無音杏 @otonasiotoa
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