第4話 ケモナーになる
例のデートの日から数日が経った。
その
今では日がな一日、ずぅーっと釣りの動画を見ている始末。こういうところにやっぱり猫だなと思わされる。
◇◆◇◆◇
昼下がりにコーヒーをすすりながら映画を観ていた淳史は、ふと何かに気がついてしまった。
そういえば……
「すんすん……」
なにか臭う。こう……形容し難い独特の、悪臭、だろうか。とにかく凄く臭う。
「すんすん……」
「あっちゃん、どうしたの?」
「いや、すんげー臭ぇなー……って……」
あー、そうか。そうでしたか。やはり猫は猫なんですね。分かりました。
淳史は風呂場へと行き、居間で寝転がっているテトを呼んだ。
「テト、ちょっとこっち来て」
「んー? なになにおやつー?」
ぺたぺたと裸足の足音が風呂場へと向かってきた。
(まんまと釣られやがって……おいおい、そんな間抜け面してこっち来るなよ。飼い主に似るって言うじゃないか……)
おろ? という顔で風呂場前の洗面所に立っているテトを、淳史はニヤリと笑ってテトの両脇に手を通して抱き上げる。
そうして、何をされるか勘づいて暴れるテトを強制的に風呂場へと引きずり込んだのだった。
「んに゛ゃ゛あ゛ぁぁぁぁぁッ!」
「ちょ、おまっ、暴れるなって!」
「お風呂はい〜や〜!」
そういうことならば、こちらも手段を選ばない。
淳史は不敵な笑みを浮かべてこう言った。
「さっさと服を脱げ。じゃないと
テトの肩がビクッと跳ねる。そしてその身を小刻みに震わせながら服を脱ぎ始めた。
――ポタリ。
「……あっちゃんと……あっちゃんと一緒じゃないと嫌だぁ〜、うわぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ん――」
淳史がテトの顔を横から覗き込むと、目にいっぱいの涙が溜まっては零れ、溜まって零れを繰り返していた。
――軽い脅しで言ったつもりだった。
しかしよく考えてみれば、恐らく淳史の家に泊まる前はずっと孤独だったのだろう。
転生という表現で合ってるかは分からないが、テトが人間に生まれ変わってから何日間くらい独りだったのかを考えると、先の発言が間違っていたことに淳史は気づく。
一体どういった経緯でテトが転生したのか、どんな流れで淳史の家まで辿り着いたのかは分からない。
本当に分からない。だからこそ、色々なことを想像してしまう。
これだけ顔が整っているのだからナンパされたりしたのだろうか? 転生してから何日も経っていて、実は飲まず食わずで淳史の家まで来たのだろうか?
色んな思考が淳史の頭を駆け巡った。
そしてどの考えも、テトのことを心配していた。
怖かっただろうな。寂しかっただろうな。苦しかっただろうな、と。
そう思うと目頭が熱くなり、胸がギュッと締め付けられた淳史。
服を全て脱ぎ終えたテトはまだ泣きじゃくっている。
そんなテトを、淳史は後ろからそっと抱きしめた。
「――悪かった。ごめんな。ずっと一緒にいてやるから……だから、泣かないでくれよ……」
「スンッ……ホント?」
鼻水をすすりながら振り向くテトに淳史は語りかける。
「本当だ。当たり前だろ? 家族なんだから……」
「家族……、うん。家族だもんね!」
温かな返事に、テトは涙を右腕で拭いながら笑顔で応えた。
◇◆◇◆◇
あれから数分後――
ごしごし。わしゃわしゃ。
淳史はテトの髪にシャンプーをつけ、泡をたてながら頭皮を優しく揉むようにして洗う。
ごしごし。わしゃわしゃ。
ゆっくりゆっくり、丁寧に洗う。
淳史もテトも、ボーッとしながら洗い洗われていた。
――ぴょこっ!
「――ん?」
半ば寝落ちしそうだった淳史も、テトの頭に何か異物が生えたことには流石に気づいた。
「なんだろ……、泡でよく分からないな……」
「んー? どうしたのあっちゃん?」
「いやなんかな……、あ、なんでもなかった」
「……そっかぁ」
ぽわわ〜んとしているテトを不安にさせたくはないので、淳史はとりあえず誤魔化た。
けれども、どうせ嘘はバレるもので――
「ウソ……。もしかして、耳、生えちゃったりしてる?」
テトはそう言いながら青ざめた顔をこちらに向けてきた。
――まさかな。
ジャ―――――ッ。
あらかた泡を洗い流し終わった淳史は目の前の光景に驚愕する。
そのまさかのまさかだった。
なんとッ! テトの頭に耳が生えているではないかッ!
いや人間としての耳はもちろん元々生えていた。
違う違う、そうじゃ、そうじゃな〜い。
違う違う違う違う、違う違〜う、そうじゃな〜い〜。
頭に猫耳が生えているのだ。
まさかここまでとはと思う淳史。
これじゃあ本当にネットでそこら辺に転がってるエロ同人じゃないか! しかも風呂場だし! テト裸だし!
「やっぱり生えてるんだ……。あっちゃんの嘘つき!」
ムッスーと頬を膨らませるテトは、ぷいっとそっぽを向いて拗ねてしまった。
「ごめんって。……テトを不安にさせたくなかったから言わなかったんだよ……、許しくれるか?」
こう言ってはなんだが、本っ当にちょろい。
別に淳史は嘘を言った訳では無いが、内心テトのことを「コイツちょっっろ」と思ってしまった。
「……そっかぁ……。それなら許す!」
にぱーっと太陽のような笑顔を向けて来るが、その笑顔は今の淳史にとっては眩しすぎた。
淳史は、「まあ、飼い猫が転生してきた時点でファンタジーなんだ。猫耳くらい生えたって何の問題もないか」と楽観的に物事を捉えていた。
「今更だけど……体は自分で洗えるか? その……、いくら飼い猫とはいえ流石に俺も恥ずかしい……」
「うーん……、それなら背中だけお願い! それだったらあっちゃんも恥ずかしくないでしょ?」
「ありがとうテト。明日からはちゃんと毎日お風呂に入ろうな……」
「…………」
反応が無い。
「テトのベッド売るよ?」
「入る!」
残念だ。本当にちょろい。よくナンパに引っかからなかったと思う。
「よしじゃあ、背中流すぞぉー」
「あっ! 待って、そこはおっぱい……」
恥じらいながらもてへっと微笑むテトを前に、慌てて仰け反る淳史。
傾き始めた太陽の光が内倒し窓から差し込む。
ボロアパートの一室の風呂場からはきゃははと笑い声が響いていたのだった。
◇◆◇◆◇
いつまで続くのか分からない。
もしかしたら寿命で、もしかしたら事故で、もしかしたら病気で……淳史が死ぬまで続くのかもしれない。それに、この賑やかで楽しい二人暮らしの日々はあっという間過ぎ去るのかもしれない。
もしかしたら、突然なんの前触れもなく終わりを迎えるかもしれない。
一抹の不安を抱えた淳史は、その場しのぎの理由を自らに言い聞かせてその不安要素を忘れようとしていた。
本当に、このままでいいのだろうか。テトにはテトなりの目的が何かあってこの世に戻ってきたのではないかと――。
それより今は、ケモ耳のテトが可愛くって可愛くって仕方がないのだった。
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