第3話 デートらしい

 しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……。


 電車に乗ってようやく気がついた。やたらと周囲からの視線の密度が濃いのはテトのせいだけではなかった。

 淳史は着の身着のまま家を出てきたことを、今更にして後悔していた。もう二人を乗せた電車は目的の駅まで二駅だというのに。


 ◇◆◇◆◇


 津田沼駅。

 改札口を出て右手に行くと、大学のキャンパスがあったり、大型商業施設や大きな本屋が入ったビルが立ち並んでいる。

 反対に左手に行くと別の大型商業施設や、少し奥へ行くと京成津田沼駅がある。

 ポケットから取り出したスマホで時間を確認する。ちょうど14時を過ぎたところ。

 改札口を出て右手に行こうとしたところで足を止める淳史。


「っと……いつもは本屋しか行かないからな……」


 今日の目的はテトの生活必需品を揃えること。決していつものように本屋を探索して楽しみに来たのではない。


「本好きだもんねー」


 淳史の右側にピタリとくっついていたテトは、クスッと笑って自然と手を繋いでくる。

 ダメだダメだ。本来の目的を忘れてはならない。

 サッと方向転換して洋服屋を目指した。


 はてさて、別にイカした人間じゃないので淳史には最近の流行りというものが全く分からなかった。なんなら一瞬、危うくペットショップに足を向けそうになったくらいだ。

 まあ、あくまでも着るのはテトなのだから、わざわざ淳史が選ぶ必要は無い。


「あっちゃんが選んで!」

「――?! おまっ、ちょっ、その呼び名は家の中だけにしろって……」

「……んー、お兄ちゃん? が選んで?」


 テトはと、そう呼ぶ感覚を確かめるように疑問符を交えて言い直した。

 お兄ちゃん。うん、それなら大丈夫だろう。周囲からの目も誤魔化せる。


「そしたら……んー、どうしよっか……」


 はい出た、淳史の口癖。

 淳史自身がかなり焦ってたり、迷っている時なんかによく発する言葉だ。


(なんか、テトには悪いが、あまりテトを外に出したくない。やっぱり人間関係こじれそうだし……)


 そうなると必然的に部屋着だけを見るようになる。

 そもそもこんな大きなお店まで来る必要もなかった。せいぜいウニクロで良かったはずだ。

 いや待ってくれ、ウニクロは偉大だ。それは確かだ。だからこんな都会(?)の大きいお店まで足を運ばずとも良かったはずだ。

 たぶん、格好をつけたかったのだ。普段行ったこともないお店の床を踏んでいるとはらわたがむず痒くなってくる。

 それはそうと、さっき淳史は思ったのだ。津田沼は果たして都会なのか? オカマと関西弁の芸人の夜ふかしする番組でありそうだ、『津田沼は都会なのか問題』。ああ、どこからかしっとりとしたナレーションが聞こえてくる気がする。


 ともあれ、悩んだ末にパーカーやTシャツ、パジャマやスウェットを購入できた。その他にもお店を回って、歯ブラシやハンカチや香水なんかを買った。

 あとアレ、ナプキン。


「あっちゃ……、お兄ちゃんってそういうところ気が利くよね!」

「――そういうところって……?」

「またまたぁ、謙遜しちゃって! お兄ちゃんはさ、人を思いやることができる人間だよ。だからこそ疑問なんだよね。なんで彼女もできたことがないのか……」

「……」

「……」

「……こほん。あとはー、布団か」


 布団の件を口にした途端にテトは悲しそうな顔をした。

 姿形は人間の少女になっても、好きな物や癖なんかは変わらないのだ。だからテトは悲しい顔をした。


「しょげてんな、おい。ベッドか敷布団を並べりゃいいだろ。そしたら俺の隣で寝られるだろ?」


 淳史がそう言うと、みるみるテトの顔に光が取り戻されていき、二パーッと笑みを浮かべる。そうして言う。


「えへへ、やったね!」


(この笑顔、守りたいっ!!)


 ◇◆◇◆◇


 両手いっぱいに荷物を抱えて帰路に着く淳史。

 背中にはテトを背負っている。どうやら今日一日、お出かけしてどっと疲れが出たらしく、帰りに乗り換えた後の電車の中でこっくりこっくりと今にも寝そうな挙動をしていたが……遂にはスヤリスヤリと眠ってしまった。

 せっかく気持ちよく寝てるのを邪魔するのも悪いと思い、淳史はフードだけ被せてやった。

 そして家の最寄り駅に着いても起きなかったテトを、こうしておんぶして連れ帰っているというわけだ。

 それなりに結構重いが、テトの安らかな眠りがかかっているので、あまり振動させないようにゆっくりとぼとぼと街灯で照らされたアスファルトの上を歩いた。


 にしても、全然起きる気配がない。

 ひょっとしたらひょっとするかもしれないと思った淳史は、何度も寝息をたてているのを確認するために立ち止まった。


「……デート、楽しかっ……たよ……」


 今にも消え入りそうなか細い声でテトはそう呟いた。


「…………あー、寝言か。とりあえず生きてたな。ふぅ……てゆーかコレ、デートのつもりだったんだな……」


 小声でそう呟いて9月中旬の夕闇を行くのだった。


 ◇◆◇◆◇


 ちなみにテトのベッドは後日、淳史と同じ物をネットで注文した。そしたら四日くらいで届いたそうな。

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