第23話 待ちわびて、疲れ果て

 ここってみ、み、密談カフェ(※)じゃない!

 見矢園さんに連れて来られたカフェは、商談や密談、時にはいかがわしい目的で使われることすらあるという密談カフェだった。


「驚いてるの?」


「驚きます!」


「大丈夫、何もしないから。だって、ね……」


 最後は何か口ごもりながら見矢園さんの言葉は途切れて消えた。


 私たちはさっきよりはくつろいでお互いの話をすることができるようになった。それぞれが満喫している大学生活の情報交換をする。


「あー、私民族音楽サークルみたいなのじゃないところ入りたかったなあ」


「つまらないんですか」


「つまらないんじゃないけど……」


 何か言いよどんだ見矢園さんは呟いた。


「寂しいのよ」


「えっ?」


「なんでもない」


 どこかしら不貞腐れたように小さな声でつぶやいた見矢園さんは、電子タバコを慣れた手つきで取り出す。


「タバコ!」


「そ。いけない?」


 そうだった。もう私たちの関係は終わっていて、とやかく言う資格は私にはもう。


 電子タバコに点火すると見矢園さんはそっぽを向いて煙を吐きながら呟く。


「やっぱりね、寂しいの」


「はい?」


「何でもないから」


 電子タバコ片手に床を見つめて呟くように話す見矢園さん。


「私ね」


「はい」


「告白された」


「はいいっ!?」


「しかも男」


「!!!!」


「そしてイケメン」


 恐ろしさで顔が引きつる。


「なんと十二街区住み」


「……そんな」


「おっ、お受けになるんですか」


「うーん、まだ保留、かな」


 見矢園さんは身を乗り出して私の方を見た。


「あなたの方からは何かお話はないの?」


「い、いえ、私なんかから言えるようなことなんて何も」


「どうして?」


「私はそんな人間じゃありませんから」


 見矢園さんは一言大きなため息を吐く。


「はああぁっ ……あなたいつまでそう言うの続けるつもり?」


「えっ?」


「自分を卑下する生き方」


「!」


「私、昔あなたの前向きでポジティブなところが羨ましいって言ったけど、本当は全然そんなところはなかったのね」


 私は視線を落とす。まともに見矢園さんが見られなかった。


「私、あなたを見習って頑張ってきたっていうのに、あなたってばそんなところでずうっと足踏みして」


「す、すいません」


「私ね」


「はい」


 髪をくしゃくしゃと掻き上げる。


「まだ待ってるのよ…… ばっかみたいでしょっ」


 最後の一言を吐き捨てるように言う見矢園さん。一瞬私の身体に電流が走ったような気がした。


「ねえ、これに関しても何か言うことはなあい?」


 片手でかき上げる長い髪の向こうから見つめるその瞳には、私を突き刺そうとするかのような鋭さがあった。


「ごめん、なさい」


「ごめんじゃ判らないのよ。伝わらないの。なんにも。なあんにも」


「はい、ごめ——申し訳ないと思っています」


「もういいわ。わかった。上がりましょ」


 まだ注文した品も来ていなかった。


「え、だってまだ」


 そんな事は気にもせず、見矢園さんは立ち上がってコートを羽織る。半ば吐き捨てるような声に私は身がすくんだ。


「やっぱりだめだったんだわ、最初から、私たち」



▼用語

※密談カフェ:

 一部屋ごとに厳重なプライバシー保護が行き届いた個室喫茶。様々な商談、密談、取引のみならず、密会、逢瀬、裏取引など反倫理的、反社会的な用途で用いられることもあり社会問題化している。

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