第21話 別れ

「里子」


 見矢園さんは私の手を取って自分の方に引き寄せる。


「自分自身のためだけにある自分自身の心。その心のままに生きることでお仕着せの自分という殻を打ち破れるんだよ。そう言ったのは里子よね」


「はい」


 見矢園さんはうつ伏せのまま少し深呼吸をした。


「あなたの心は何と言っていますか?」


「え?」


「あなたの心は、私のことを、本当はなんて言ってますか?」


「……う、それ、は、あの」


「教えて。私どうしても知りたいの……」


 私は何か言おうと思った何度も何度も言おうと思って口を開いたけれど何も出てこなかった。空しく息を吐き出すだけ。それもそのはず私には何を言えばいいかが判らなかったからだ。

 いや、違う。何を言えばいいかなんて判っていた。判り切っていた。判ってはいてもあまりの恐ろしさに言葉に出来なかった。この穢れた気持ちは見矢園さんのためにも封印しなくてはいけない気持ちだったから


「うっ、うっ! うわーっ!ああーっ!」


 私は号泣とも絶叫ともつかぬ声を上げると両手で見矢園さんの手を掴む。少し冷たくて少し骨ばった、だけど誰よりも優しい手。私はその手にすがってただただ嗚咽するばかりだった。ああ、好きです、好きです、大好きなんです。だけどその一言を発するのがこんなにも恐ろしいだなんて。私が醜くなければ、見矢園さんのような絶世の美女でなくてもいいから、せめて人並みの外見だったら、私は、私は見矢園さんの想いに応えられただろうに。


 見矢園さんはもう一方の手で私の手をさすりながら黙って私を見つめていた。


 ようやく私が落ち着くと見矢園さんは私の髪をなでた。


「どうしても言えないの? 自分の本当の気持ち」


「ごっ、ごめんなさっい……」


「そう、辛い思いさせちゃったのね。私の方こそごめんなさい。でももう私も辛くて耐えきれないの」


「えっ」


「里子が、私の想いに応えてくれないことが」


「ううっ」


「ねえ、もう無理なら私たちもうよしましょう」


「え、それってどういう……」


 さーっと背中に鳥肌が立つ。


「もう会うのも通信するのもの全部、全部やめましょ。そして今日から赤の他人になるの」


「そんな、そんなの無理です! 私には耐えきれません! 見矢園さんは私の生きがいで、存在意義そのもので! 見矢園さんがいなかったら、私! 私!」


「でも『好き』じゃないんでしょう」


私はきつく唇を噛んだ。


「うっ」


「私は私の崇拝者が欲しいんじゃないの。召使が欲しいんじゃないの。私より遥かに生きる力に恵まれて輝く里子と言う『恋人』が欲しいの。だけどあなたは私を拒絶してばかり」


 私は言葉が出なかった。元々と言えば私自身で見矢園さんと向き合って生きることを否定していたのだから至極当然のこと。でもそれだって見矢園さんを傷つけない為。


「出て行って。もう連絡を取り合うのもよしましょう」


 私は半べそを書きながら無言で見矢園さんの部屋を出た。その後翌朝までのことは覚えていない。

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