第20話 亜優香の想い
大学一年の夏。
民族音楽サークルのコンパで先輩方に引き回されて辛い、との見矢園さんの通報を受け、私は慌てて見矢園さんの身柄を引き取りに行った。変な男たちにセクハラされてないか気が気ではなかったが、その心配はなかった。私が威圧するようにサークルの面々ににらみをきかせると、明らかにおとなしくなったので今度からは大丈夫だろう。見矢園さんに肩を貸して私には不釣り合いにきらびやかな新市街を歩いていく。
見矢園さんはキャンパス近くの十街区に小奇麗なワンルームマンションを借りており、私がそこまで連れて行った。
最初に見た時はへべれけに見えて心配したのも束の間、二人っきりになった途端しゃんとなる見矢園さん。演劇もできるんじゃないかな?
でも帰宅するとさすがに疲れてはいたようでベッドに横になる。私はお水やらいつも飲んでた薬やら用意してあげると喜んで飲んでくれた。
そしてベッドに横になったまま私に話しかけてくる。
「ね」
少しとろんとした目の見矢園さん。あれ、やっぱり飲んでたのかな。
「私、しゅずじゅ受ける」
「はい? 何ですって?」
枕元に私が座ると、ごろんとベッドにうつ伏せになる見矢園さん。
「しゅず…… しゅじゅ、ちゅ…… 手術受ける」
「またどこか悪いんですか?」
私に不安が湧き上がる。見矢園さんは体を横にして、自分の顔を人差し指で突っつく。
「これ……」
ああ、と私は合点がいった。改変された自分を直す手術があるって前に聞いたことがある。
「そうしたら……」
不意に見矢園さんの目に涙が浮かんだような気がする。涙なんて初めて見るから動揺する。
「そ、そうしたら……?」
「私を受け入れて、くれる?」
間違いない、見矢園さんは間違いなく泣いている。涙が枕に染み込んでいく。
「えっ」
「土鳥さん……………… 里子」
「!」
「里子は私のことどう思ってる?」
「えっ、け、敬愛しています、そっそのすっ崇はっ――」
「そうじゃなくてっ!」
私はどきっとした。こんな目をしてこんなに怒っている見矢園さんは初めて見たから。少し怖い。私はどうして見矢園さんを怒らせてしまったのかが皆目見当がつかなかった。
「私は、里子が、好き」
胸に手を当てて一言一言噛みしめるように言う見矢園さんの言葉を聞くと、全身から血の気が引いて力が抜ける様な感覚と、体中の血液が熱くなるような感覚と、心臓が早鐘を打つ感覚が同時に一瞬で現れた。頭が真っ白になりそう。
「里子は、私が、好き?」
言葉が出ない。
私は見矢園さんのことを崇拝の対象だと思っていた。それ以外の感情は私の外見と同じく醜い邪な想いだと思っていた。
例えば、もし万が一の仮定の話、私が見矢園さんの隣にいる存在になったとしたら。私一人が
だけど私のことで見矢園さんが嗤われたり傷ついたりするのは絶対にあってはならない。そして私が見矢園さんの望むような存在になった場合、間違いなく見矢園さんは嗤われる。私は声を振り絞ったかすれ声で見矢園さんに答えた。
「そ、そう思ってはいけないと、思ってます……」
「どうして?」
「だって、私にはそんな資格がないって………… 前にも言ったじゃありませんかっ!」
見矢園さんはどうしてわかってくれないの。私は突然爆発した。
「見矢園さんはいつもっ、いつも私をそうやって追い詰めてっ…… 私だって! 私だって苦しいんですっ!」
いつの間にか私も涙を流していた。見矢園さんもまだ涙を流していた。
2021年3月5日 加筆修正をしました。
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