第10話 偽りのポジティブ


 自分で言っておいてなんだけど、鯛のあら煮と小松菜のおひたしとご飯と豆腐とわかめのお味噌汁というザ・庶民、な食事。果たして見矢園さんの口に合うかな。未矢園さんは十一街区住みだからディナーにマグレ・ド・カナルとか白身魚のローストとかルクルーゼとか食べちゃってるんだろうなあ。ちょっと不安。


「ああああ、どうしようお魚の目が私をにらんでる……」


 といささか腰が引けていた見矢園さんも


「あっ」


 鯛のあら煮を一口食べて驚いた表情に。


「これ美味しい。ねえこれ本当に鯛なの。今まで私が食べた鯛とまるで違う」


 そこまで褒められると鼻高々だ。


 結局ほとんど普通に一人前平らげて、なんだか嬉しそうな見矢園さん。


「すごいわね、こんなに料理上手で。それにきっとほかの家事もできるんでしょう」


 うわ、私の人生で殆ど経験のなかった称賛の笑みを受けめちゃくちゃ照れちゃう私。


「いやっ、うちは共働きで、中一の弟が三人もいるから私も家事をしないと。奴らほんとに家事しないんで困ります」


「えっ、てことは三つ子……?」


「そうなんです、貧乏人の子だくさんって言うかなんて言うか……」


「それは大変ね。頑張ってね」


「あは、ありがとうございます」


 時間もちょうどよいので見矢園さんは帰宅することになった。トラムの停車場に二人で向かう。見矢園さんはいらないと言ったが、念のためブラウスの上に私のジャージを無理矢理羽織らせた。


「今日は土鳥さんへの認識を新たにしたわ」


「えっ?」


「頑張り屋さんで前向きでポジティブ」


「そんな……」


「私も少し見習ってもいいかな?」


「はい、勿論」


 ただし、私のポジティブは見矢園さんへの見栄で吐いた嘘なんだけれど。心がちょっと寒くなる。本当の私は真逆なんです。嘘つきなんです。

 間もなくトラムが来たので見矢園さんはそれに乗って帰った。私たちはお互いが見えなくなるまで笑顔でじっとお互いから目を放さなかった。


 翌日から私と見矢園さんの間柄は少し変わった。


 休み時間ずっと談笑している時もあったし、一緒にトイレに行く時もあった。お昼には机を向かい合わせにしてお弁当を食べた。考えてみれば見矢園さんには今までそういう相手はいなかった。きっとずっと孤独だったのだ。私はそんな見矢園さんが不憫に思えた。


 さらには一緒に下校する機会にも何度か恵まれた。でも私の住む五街区と見矢園さんの住む十一街区は遠く離れていたので一緒にいられる時間はわずかだったけれど。中間試験が近づくと、勉強のできない私のために見矢園さんが図書館で勉強を教えてくれた。


 見矢園さんはあいかわらずよく具合を悪くしたが、私は彼女をよく観察し、何が適切な行動か見矢園さん以上に見抜けるようになった。薬を飲めばいいか、保健室に行く必要はあるか、早退しなくてはならないか。ただ、見矢園さんの飲んでいる薬は何か、決して見矢園さんは教えてくれなかった。


 クラスの連中はそこまで見矢園さんに尽くす私を見て「下僕」とあだ名していたようだ。

 全然構わない。本当のことだから。

 私は見矢園さんの下僕。よこしまな気持ちを絶対に抱いてはならない醜い醜い下僕だ。そしてその立場に私は満足していた。


2022年1月7日 誤記を修正しました。

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