第9話 強さ
アイロンがけした制服と下着を畳んで、見矢園さんの枕元に置いておく。靴はドライヤーをかけたいけど失敗したらいやなので我慢してもらおうか。そろそろあら煮も出来上がるし、やるべきことは全て済ませた感じ。ほっと大きなため息を吐いてエプロンを外す。
部屋を覗いてみると、
「私すっかり寝てしまって…… ごめんなさい。ねえ、なんだかとてもいい匂いがするのね」
「ええ、今晩ご飯を作っていたんです」
だいぶ血色もよくなっている。一安心だ。枕元に座る私。
「良くなったようで良かったです」
「ひどい風邪を引いていたかもしれないわね」
「何を言っているんですか、もしかしたら死んでたかもしれないんですよ」
私が冗談めかして言うと、見矢園さんは天井を見てぽつりと、
「それも良かったかも……」
私から見てはるかに恵まれているはずの見矢園さんがそんなことを言うなんて。
でも、私には分かる。そんな気持ち。私も、この醜い仮面を被り続けて生きていくて行くくらいなら……
「なーに言ってるんですかっ、そんなことしたら、これからのいいことに出会えなくなっちゃうじゃないですかー」
努めて明るく振る舞う。涙は笑顔で吹き飛ばすのが一番なんだ。大抵の涙は。
「これから?」
見矢園さんはゆっくり頭をこっちに向ける。
「そう、明日いいことがなければ、明後日。明後日いいことがなければ明々後日。未来は希望を叶えるためにあるんですから」
生まれつきの姿は何日たってももう変えられないけど。
見矢園さんは小さく笑った。可憐な花か何かのように。その笑顔に胸がきゅっとする。
「そう、そうね。きっとそう。私もそう思っていいのかしら」
「はい」
見矢園さんはまた天井を見て難しい顔をする。そして、
「
とだけ言った。
違う、強くなんかない。強くなんかないんです。きっと私見矢園さんよりずっと弱い下らない人間なんです。そう叫びたくなる衝動に私は駆られた。
でも、見矢園さんが元気になるためなら、私一人嘘を吐くのは怖くない。何をするのも怖くない。笑顔で答える。
「そんなことありません。私は普通にしてるだけです」
「そう」
「はい」
偽の笑顔を見矢園さんに見せる。
その見矢園さんの顔色も表情もすっかり落ち着いているように見えた。
「もう雨の中立ちつくしたりしないですね」
「ええそうね、もうしない」
ほっとして微笑むと見矢園さんも微笑んだ。
「そうだ」
「どうかしたの」
「ご飯食べていかれますか」
「えっ」
「と言っても食が細いんでしたっけ」
「ううん、実は今とってもお腹が空いてるの。よく分かったのね。どうして分かったの?」
「何でもわかります。見矢園さんのことなら」
少し調子に乗って軽口を叩く。
「そうなの?」
「冗談です、たまたまですよ。じゃあ、ジャージのままでいいですから、そのままどうぞ居間へ」
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