第8話 凍てつく身と心
俯いて立ちつくす見矢園さん。もちろんずぶ濡れだ。すぐそばの東屋に入れば良かったのに。
「みやっ、見矢園さんっ!」
虚ろな表情をして無言で私を見る見矢園さん。その瞳に光はない。
「何やってるんですかこんなところでっ、風邪ひきますっ!」
私が見矢園さんにこんな強い言葉を使ったのは初めてだと思う。
「うん…… そうね」
また俯く見矢園さん。
「そうですよ! ほらこっち来てください」
私は夢中で見矢園さんの手を引いてすぐそばの東屋へと連れていく。見矢園さんはそこにそえ付けてある古ぼけた木製のベンチに座った。
「傘なかったんですか?」
「か、さ…… どうかしら? よくわからないの」
「わからないって……」
どうにもならない会話を続けるうちに、見矢園さんはカタカタと震え始めた。顔色は青いというより白い。これはまずい。今までと違う。普通じゃない。
「見矢園さん、このままじゃこごえてしまいますから、私のうちに来てください。すぐそばです。五街区なんですがそれは許して下さい」
「私は別にこごえても構わないわ。その方がいいの」
私は子供をあやすように見矢園さんに目線を合わせて話しかける。
「そんなこと言わないで下さい。お願いですから」
私は恥ずかしさを振り切って見矢園さんの手を包み込むように握る。冷たい。まるで氷のように冷たい。
「温かい……」
震えながらまるで寝ぼけてうわ言を言ってるかのような見矢園さん。
「温かいでしょう。私のうちでもう少し温まって行きませんか。私からのお願い聞いていただけませんか」
見矢園さんの口元からふっと小さな笑みがこぼれる。
「そうね、
見矢園さんの目に少し光が戻ってきたような気がする。
一方で私は、見矢園さんがあそこに立ちつくしていたら、体の弱い見矢園さんでは低体温症であっという間に死んでいたかも知れないと思いぞっとした。
私のカーディガンを羽織らせて相合傘で小走りに私のうちを目指す。見矢園さんって足遅い。知ってたけど。
途中でコンビニによって下着を買ったが、それでも十分足らずで私のうちに辿り着いた。
買ってきた食材を冷蔵庫にしまうよりも、まず来客用の布団を敷いた。私の部屋のエアコンを暖房に切り替えて見矢園さんを案内する。見たところ上から下までびっしょり。
私のジャージとコンビニで買った下着を渡しそれに着替えてもらう。見矢園さんが着替えてる間私はふすまをぴっちり閉めておいた。見矢園さんは不思議そうな顔をしていたけど、私には見矢園さんの生着替えなど耐えきれない。目が爆発してしまう。体育の授業で着替える時だって目を逸らしているのに。
見矢園さんに布団に入ってもらってから、ばあちゃんが冬場に使うレンジで温める湯たんぽを用意して、見矢園さんに胸の辺りで抱き締める様にしてもらう。靴は新聞紙を詰めて私の部屋へ。
見矢園さんに来客用の布団で横になってもらっている間、私は見矢園さんの濡れた服にアイロンがけをする。下着のアイロンがけは恐ろしかった。自分が見矢園さんの、その、そのパ、パ――それでも気合を充分に入れて心を込めて丁寧にアイロンがけ、させていただきました。
ここで、はっと我に返って晩ご飯の支度を始める。鯛のあら煮だ。
料理しながら私の部屋を覗いてみると、私のジャージを着た見矢園さんは布団をかぶってすやすや寝ていた。
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