第3話 汚らわしい想い

 保健室に入ってきた二人のうち一人はE組のしの佑希ゆうき。私はこの人が苦手だ。嫌い。がさつで騒々しくて人の領域に勝手にずかずか入り込んできそうな人。それに相当気が荒くて、クラスで暴れたこともあるらしい不良。もう一人はやはりE組で篠さんとは対照的な生明あさみけい見矢園みやそのさんほどではないけれど病弱で、保健室の常連の一人。そして見矢園さんの足元にも及ばないけれど、少しだけ美人だ。

 この時私が見矢園さんに目を放さなければ、見矢園さんの顔が急に少し赤らんでいたのを確認できたのに。


 生明さんは一人でベッドに入って、篠さんは生明さんとどうでもいい雑談を少ししてすぐに保健室を出て行った。


 篠さんがいなくなって静かになると見矢園さんがまた声をかけてきた。


「先生だってもうすぐ来るわ。私これ以上土鳥つちどりさんに迷惑をかけたくないの。ね、お願いだから教室に戻って」


 笑顔を浮かべ、かつ申し訳なさそうに小さく手を合わせてお願いされてしまった。

 私自身のために、とこんな可愛くお願いされたことで私はちょっと、いや、すごく気分を良くした。明るく見矢園さんに声をかける。


「わかりました。でも本当に無理はしないで下さいね。楽になったからっておしゃべりは厳禁ですよ」


 と言ったら見矢園さんはちょっと驚いたかのような顔をした。


「それでは。生明さんもお大事にして下さい」


 少し愛想よく生明さんにも声をかけて私は保健室を出た。

 その日は少しいい気持ちのまま過ごすことが出来た。ほんの少しだけ自分の醜さへの嫌悪感が薄らいだ気がした。


 それから数週間、夏季期間へのシフトが始まった頃。

 見矢園さんは何度か保健室へ運ばれていったが、次第にその表情が変わってきたことに私は気づいた。

 伏し目がちだった面も少し上がり、顔に生気が宿ってきたかのようだった。保健室へ運ばれる時でさえそうだった。最近は自分から保健室に行きたいと私に言うようになったけれど、あまり具合が悪そうに見えない時もあった。

 それに本を読むようになった。しかも古臭い紙の本。それまでは音楽、特に旧世界クラシックを聴いてばかりいたのに。


 そして保健室に誰もいないとあからさまにしょんぼりとする。


 誰かあそこで逢いたい人がいるのだろうか。


 でもあそこにいつもいるのは五十をとうに過ぎた養護教諭のおばさんくらい。


 いや、違う。

 

 あそこのもう一人の常連である生明慧、そしてそれに従者のように突き従う篠佑希。この二人だ。


 それに気づいた時、私の心臓が早鐘を打つ。荒っぽくて有名な篠さんは絶対見矢園さんのタイプじゃない。それは間違いない。


 だとしたら、


 生明慧。


 生明さん目当てで見矢園さんが保健室に行きたがっているのだとしたら。


 私の頭は混乱した。でも私はただ外から見矢園さんを眺めることしか許されない人間。だから見矢園さんが誰と仲良くなろうと、私がとやかく言える筋合いじゃないのに。なのにどうしてこんな気持ちになってしまうのか。私にはよくわからなかった。私は何かよこしまなことを考えているんだと、汚らわしい想いを抱いているんだと思うとショックだったし、自分で自分がもの凄く気持ち悪かった。なのにどうしてこんなに心臓がせわしなく鳴るのか。

 分不相応な気持ちを抱く自分がますます醜く見えた。


 その翌週、私はさらに大きな衝撃を受けることになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る