第4話 約束の時  ~時を超えた交信~

「ドラークに残されている記録によると、2つの国の凋落はあっという間だったようです」

 クスターが重い口を開きはじめた。「エグノーリアが勝利に酔う間もなく、最初の悲劇が訪れました。エグノーリア王が急逝したのです。理由は分かりません。毒殺だとの説がありますが、真相は藪の中です。王子は幼かったのですが幼王として即位し、幼王が成人するまでの間を、将軍だったナザレフという男が後見人兼摂政として支えることになりました。

 ナザレフの執政で最初にやったことは、ドラークと交わした約束――つまり、ワイバーンの返却――を反故にすることでした。ナザレフは先のチザルナとの戦で、劣勢だった自軍の戦況が、僅か100体ほどのワイバーンで一気にひっくり返ってしまう瞬間を目の当たりにしています。そこでナザレフが考えたことは、ワイバーンさえいれば他の弱小国を制圧して、容易くミグレイナ大陸を統一できるということでした。

 そればかりかナザレフは、ミグレイナに隣接するゼルベリヤ大陸やガルレア大陸までも手中にすることも不可能なことではないと思い始めました。つまり自らが世界を征服するという野望を持ったわけです。

 そこでナザレフは一方的に、ドラークから借りていたワイバーンを、三大陸の制圧後まで返却しないと宣言したのです」


「ずいぶんと乱暴な話ですね」

 アルドがあきれた口調で言った。「そもそも、『伝説の旅人』がいなければ、自分たちではワイバーンを操れなかったわけでしょう。上手くいくとは思えない」

「その通りです。エグノーリア勝利の立役者である『伝説の旅人』は、戦勝を祝う宴にも参加せずに姿を消しました。その後は誰の手にも負えなくなったワイバーンだけが、エグノーリアに残されたというわけです。

 それがどういうことか分かりますか? 僅か1匹を成敗しただけで英雄伝説に記録されるほど強力で狂暴なワイバーンが、100体以上も国内に野放しになるのです。それも神話に出てくるような地下深いダンジョンや、人も通わぬ険しい山の中にではありません。城や駐屯地や街中にです」

「悲惨な結果が待っていそうですね」

 フィーネが苦い顔をした。

「そうです――。人との信頼が失われたワイバーンは、ファイアブレスを吐いて国中を焼き尽くしてしまいました。皮肉なことに、チザルナとの戦に勝つために連れてきたワイバーンによって、エグノーリアは自国も滅ぼされてしまったのです。僅か一週間ほどのうちに」

「人間の欲が一国をほろぼしてしまうなんて……」フィーネは深いため息をついた。


「ドラークの方はどうなったのでしょう?」

 アルドが訊ねた。エグノーリアは2つの崩壊のうちの1つだ。

「先ほども言いましたが、海に沈んだのです。それも一夜で……」

 クスターは話を続けた「ワイバーンは噴火の造山活動とともに生み出されるもの。つまり火山の一部とも言えます。そのワイバーンが急にいなくなってしまった。それを四元素論――この世の中の全ての物質は、火・風・水・土の4つから構成されている――で言い換えれば、火山を形作っている主要な元素、”火”の一部が、急に消えたことになるのです。それは巨大な火山が一定の質量を失ったのに等しい。つまり急激な重力の減衰を伴うのです」

「そんなことで大陸が沈むのですか? しかも一夜でなんて」アルドは反論した。

「それが起きてしまったのですよ」

 クスターによれば、沢山の火山の造山活動によって形作られたのがドラーク大陸なのだという。言い換えればドラークは大陸全体が、深い海底から立ち上がっている1つの巨大な火山なのだ。クスターは更に言った。

「火山というのはそもそも地盤が弱いものです。その脆弱な地盤が重力の減衰で更に緩んでしまい、山体崩壊が起きてしまったのです」

「山体崩壊……」アルドが初めて聞く言葉だった。

「大陸が垂直方向に沈んでいったのではなく、巨大な火山が山崩れを起こしたと考えれば理解がしやすいでしょう」


 ドラーク島に残る古い史料によれば、その運命の日、一夜で海に没したのは大陸の2/3ほどだったという。そしてその後も少しずつ崩落は続き、2000年後の今、ドラーク大陸は小さな島になってしまったのだ。

「ドラークの民は皆、誤解をしていたのです」

 とクスターが言った。「火山噴火からワイバーンが生まれてくるのだから、また噴火が起きるのを待てばいい。1体ずつワイバーンが増えていけば、崩落はやがて止まる。そしていつかまた元のような繁栄がドラークに戻るはず。そう考えたのですよ。

 しかしワイバーンはそれから一度も生まれてはこなかった。火山噴火そのものがパタリと止んだのです。実際は民の考えとは逆で、ワイバーンという火の精霊が、火山活動を呼んでいたのです」


「今もドラークの崩落は続いているのですか?」フィーネが訊ねた。

「続いています。それを止めるために私はここに来ました」

「どうやって?」一体そんなことができるものなかとフィーネは思った。

「2000年前の時代に戻って、ナザレフからワイバーンを連れ戻すのです。1体だけで良い。今ドラーク島には休火山が1つあるだけです。1体だけ戻ってくれば今以上の崩落は止められると思うのです」

「どんな風に連れ帰るのですか? まさかこっそりワイバーンを盗みだす?」

 フィーネは時々村に出没する牛泥棒の山賊を思い浮かべた。

「いえいえそんなことはしません。あの債券を使うのですよ。戦が終わった直後で、エグノーリア王がまだ健在の時であれば、ワイバーンはもう必要がなくなっているはずです。そこであの債券と引き換えに、ワイバーン1体を譲り受ける提案をすれば、向こうにとっても悪い話ではないと思います」


「なるほど」と頷くフィーネの隣で、アルドが「2000年前か……」とつぶやいた。そして「どうやって2000年前に行くのですか?」とクスターに訊ねた。

「分かりません。だからこそ時間の旅ができる『伝説の旅人』に会うために、ここバルキーオ村に来たのです」

 クスターはそこで話を区切ると、アルドとフィーネを真っすぐに見つめた。そして続けて言った。

「あなたたちならばきっと行けますよね。2000年前に――」

 クスターの不意の言葉に、アルドとフィーネは顔を見合わせた。何と答えて良いか分からなかった。

 しばしの沈黙。そしてアルドはクスターに向き直った。

「その質問に答えるまえに、まず教えてください」

 アルドは自分からも質問を投げた。「どうしてあなたは、我々が時間の旅ができると知っているのですか? これまでにあなたとは、そんな話は一度もしていませんよね?」不思議で仕方がなかった。

「知っていたのではありません。あなたたちに感じたのです。ワイバーンが教えてくれました」

 クスターはアルドの問いに平然と答えた。

「どういうことですか? 」

 アルドは益々訳が分からなくなってきた。


「私は2000年前のワイバーンと交信ができるのですよ」

 そうクスターは言った。「その力を得たのは16年前のことです。当時8歳だった私は、ある夜夢をみました。ワイバーンが私の前に現れて、『伝説の旅人』に会うのが私の運命だと告げました」

「でもそれは、ただの夢ですよね。一夜だけの――」とアルド。

「いえ違うんです。ワイバーンはそれ以来、毎日欠かさず夢に出てくるようになりました。時に私に語り掛け、時に2000年前の情景を見せながら――。最初は朧気おぼろげだった映像は、私が歳を重ねるごとに段々とはっきりしてきました。まるで手を伸ばせば届きそうなほどに。今や私は、ワイバーンの鱗の1つ1つまで数えることができます。

 やがて夜だけではなく、昼間にもワイバーンは現れるようになりました。ちょっとした瞬きの瞬間にもワイバーンが顔を見せることがあるのです。私はそれが『伝説の旅人』に会う日が近いことの証だと感じました。そしてついにワイバーンが『時が来た』と私に告げたのです。それが私が旅に出たきっかけです。

 一人で魔物の棲む大地を歩くことに恐れはありませんでした。なぜならば私は『伝説の旅人』に会う運命を背負っているからです。目的を達成するまで、私は誰にも屠られることはないのです。進む道はワイバーンが教えてくれました。

 アルド、フィーネ、私は今日あなたたちに会った瞬間に、ワイバーンが導いてくれた人物だという事を肌で感じたんですよ」


「もしもそうだったとしても、我々があなたの望みを叶えられるとは思えません」

 アルドには大きな懸念があった。確かに過去や未来と行き来はしているが、それは古代のBC20000年と、800年後のAD1100年に限られる。クスターが望むBC1700年への行き方は知る由もないからだ。

「大丈夫です。あなた方なら行けますよ。保証します」

 クスターはそう言い切った。

「何故そんなことが言えるのですか?」

「だって、あなた方がその時代に旅をしたことは、記録として残されているのです。できない事ならば記録に残るわけがありませんよ」

 確かにクスターが言う通りかもしれなかったが、それでもアルドにはそれを実現する方法が皆目見当がつかなかった。


「行ってみませんか?」とクスターが誘った。

「どこへ?」とアルド。

「かつてエグノーリアが存在していた場所にです。私は遥か遠くドラーク島から時空を超えて2000年前のワイバーンと交信をしていました。実際にその場所に行ってみたら、もっと強く2000年前に繋がることができるように思うのです」

「エグノーリアの場所は分かっているのですか?」

「古地図によれば、今のヌアル平原の遥か南に、エグノーリア城が建っていたようです。その近くまで行ければ、後はワイバーンが導いてくれるはずです」


「行ってみようよ、お兄ちゃん!」

 フィーネの声は弾んでいた。恐れよりも好奇心が勝っていた。

 アルドが頷いた。「よし、行ってみるか!」

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