第3話:答え合わせ
綺良から一万円を受け取ったあの日から、茉里乃は毎日プールでプリンを作る方法を考えることに没頭していた。
後から思い返すとなぜこんな下らないことに頭を悩ませていたのだろうと恥ずかしくなりそうなものだが、このときの茉里乃はこれが自分の人生を変えるきっかけになると本気で信じていた。
しかし、そう簡単に答えは出ない。
使えるのは手元にあるたった一枚の一万円札。
単純計算してもプールをいっぱいにするには桁が足りない。
いや、そもそもプールを使うには誰もいない時間帯を見計らってこっそりと忍び込む必要がある。
問題は山積みだった。
なにより一番の問題は、当の綺良本人が考えることに飽きていることだった。
茉里乃「ねえ、きらちゃん何してるん?」
綺良「他にやりたいことを書き起こしてる」
茉里乃「プリンはどうするの?」
綺良「分かってるねんけど、他にもやりたいこといっぱいあるんよ」
茉里乃は小さく息をついた。
けれど、それは決して呆れたからではなく、行き詰まっているからであり、綺良のことを自分勝手だとは思わなかった。
むしろ他人任せなところが自分とそっくりだなとこれまで以上に親近感が沸いていた。
すると、そんな綺良の様子を黙って見ていた茉里乃はハッとした。
茉里乃(見つけたかも。きらちゃんの夢を叶える唯一の方法…)
夏休み最終日。
茉里乃は綺良を学校のプールに呼び出した。
綺良「こんなところに呼び出したってことは、まさかのまさか?」
茉里乃はニコッと微笑むと、深々と頭を下げた。
茉里乃「きらちゃん、ごめんなさい」
綺良「ん?」
茉里乃「本当はこのプールいっぱいのプリンを作って驚かせたかったけど、やっぱり一万円じゃどう考えても無理でした」
綺良はとても残念そうな顔をしていた。
そんな綺良に茉里乃は一冊のノートを手渡した。
綺良「これは?」
茉里乃「これが私の出した答え。一万円でプールいっぱいのプリンを作る唯一の方法だよ」
綺良がノートを開くと、そこには漫画が描かれていた。
茉里乃「読んでみて」
言われるがままに綺良は漫画を読むことにした。
そして、読み進めていく内に茉里乃が言っていた言葉の意味が段々と分かりかけてきた。
綺良「これって…」
どことなく綺良に似ている漫画の主人公は、大きなリュックを背負いながら夜中の学校に忍び込む。
そして、誰にも見つからないように注意しながら、プールいっぱいのゼリーを作り始めたのだ。
綺良「ゼリー?プリンじゃなくて?」
そう言いながら綺良がページをめくると、ゼリーの海を泳ぐ主人公がノートいっぱいに描かれていた。
ゼリーの海にはフルーツで作られたたくさんの魚も泳いでいた。
綺良「すごく綺麗…」
茉里乃「プリンだと透明じゃないから泳いでも周りが見えないでしょ。だから、ゼリーにしてみたの。勝手なことしてごめんね」
綺良「うんうん。めっちゃ素敵なアイデアやと思う。このノート、もらってもいいの?」
茉里乃「もちろん。だって、これはきらちゃんが叶えたかった夢だもん」
綺良「ありがとう。一生大事にするな」
茉里乃「あ、待って。実は余ったお金でもう一つ買った物があるの」
そう言うと、茉里乃は可愛らしくラッピングされた袋を綺良に手渡した。
袋を開けると、中にはシュノーケルが入っていた。
茉里乃「いつか本当にプールいっぱいのゼリーを作ろうよ。これはそのときに使って」
綺良は泣きそうになるのをグッと堪えた。
そして、照れ隠しにシュノーケルを被って見せた。
二人の笑い声は雲一つない青空へと真っ直ぐ届きそうだった。
こうして二人の夏休みは終わりを迎えた。
つづく。
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