190 堀を掘るという意味

「ギルドマスター…?」



姿が見えない。まさか、もうモンスターが…。



「あ、すみません!ここです、ここ。」


「…?」


ほりってまして…。」



顔とスコップが地面からひょっこり。なかなかにホラーな再会である。


スコップ片手に浜辺はまべ付近を掘りまくっていたギルドマスター。この世界では「トラップは落とし穴か堀」という格言でもあるのだろうか。あと、「堀を掘る」というのは洒落しゃれと受け止めた方が良いのだろうか。



「…って、これ、掘ったんですか!?」


「…?えぇ。」



競泳用のプール2レーン分はあろうかという長さとはば。行って帰って5分くらいの出来事だと思うのだが、改めて冒険者の力を思い知る俺。フードから顔を出すわたあめも驚きの鳴き声を上げている。ごめんね、この世界のを見せてあげられなくて…。


それはともかく、ひとつ気になることがある。



「あの…大変失礼かとぞんじますが…ここに掘る意味とは…?」



そう、ここは浜辺。町の周りに掘るならともかく、後ろにはキラキラ輝く海しかない。疑似的ぎじてき安全圏セーフティ・ゾーンをつくり出すため…とも考えたが、浜辺まで追い詰められたらそれは敗北を意味するに等しい。いや、しかし、それでも掘っている。ギルドマスターその人は、俺よりもはるか先を行く冒険者である。きっと深いふかい作戦があるに違いない。



「…あっ!そそそその…もしかしたら海からも攻められるかと思いまして…。ふっははははは…。」


「なるほど…?」



思いもつかなかった。たしかにはさちにあったら大変なことになる。さすが歴戦の冒険者、ギルドマスターは視点の幅が違う。…しかし、浜辺の全長は数キロにも及ぶ。普通にまわりこまれそうな気もするが、そこには触れないでおこう。うん。世の中には触れない方が良いこともある。転移てんいの石もしかり。



「コホン。それで…どうしましょうか?」



堀からひょいと飛び上がり、スコップを砂浜にサクッと突き立てたギルドマスター。いつもの冷静な表情に戻っている。よかった。



信号弾しんごうだんには気づいてもらえているはずなので、は最小限にとどめられるはずですが…。」



あれだけの大軍勢、通り道に位置する町は崩壊ほうかいを免れないだろう。もちろんそれをしてみるような冒険者はいないし、俺だってそんなことはしない。そもそもリンゴ王国の有する戦力を考慮すると、十分対応可能な範囲にも思える。


しかし、位置が悪すぎる。



「現在の位置関係、空から見るとこんな感じですよね。」



浜辺に木の枝でお絵描き。左から順に…王城、ギルド、山、モンスターの大軍勢、町、浜辺、海。



「そしてモンスターは町の方へと向かっています。」


「うーん…これでは…。」



そう、モンスターの背後はとれるのだが、肝心かんじんの町が守れない。不用意に攻撃を開始すれば、町への到着を早めることにもなりかねない。ありがたい点があるとすれば、この浜辺が経験値稼ぎで有名な場所であること。つまり冒険者は浜辺にいる。冒険者が町を守り、リンゴ王国の軍が背後をとる。これが現状、最も有効な作戦だと思う。



「ひとまず町より前に出ましょう。逃げ遅れている人がいるかもしれませんし、町の迎撃設備げいげきせつびを活用できるかもしれません。」



友好国とはいえ、ここは他国。軍事に関わる設備を使わせてもらえるのか問題はあるが、今はそんなこと言っている場合ではない。



「了解です。戻ってくるはずの職員てに、伝言しておきますね。」



そう言って、砂浜にスコップでお手紙を書きはじめたギルドマスター。なんだか甘い青春せいしゅんの1ページを思い出す。波に消されるかどうかギリギリのところに「LOVE」とか書いて…。…いや、そんな経験なかった。悲しい。



「コウタ先生、ギルドマスター。お待たせしました。」


「とりあえず町に向かいます。ミイナさ…ん?」



振り返ってびっくりした。鍋をかぶとがわりにかぶり、護身用の片手剣と盾を構えるミイナ姫の姿。ちょっとへっぴり腰な点を除けば、その姿はまさに冒険者。



「私も町を守ります!自分の身は…自分で守れます!」


「いや…しかし…。」



口を挟もうとするギルドマスター。気持ちはわかる。ミイナ姫の身に万一なんてことが起きれば、国際問題どころの騒ぎではない。人道的見地からはともかくとして、政治的見地からは最速で避難ひなんさせなければならない御仁ごじんなのだ。



「友好国を守ります。王国の名にかけて。」



それを言われるともう止められない。いつになく真剣な目のミイナ姫。その表情、俺は見たことがなかった。











「こ…これは…。」



町の様子が視界に入り、言葉を失うギルドマスターと俺。勢いあまって駆け出すミイナ姫。そこには。



「おばあちゃん、その荷物俺が持つよ。」


救援きゅうえんがくるまでなんとか持ちこたえよう。迎撃設備を起動してもらって、町の入口を固めるんだ!」


「そこに防御ぼうぎょ魔法を展開しよっ。みんなで重ね掛けすれば、少しでも時間稼げるはずだし。」


「北側の入口が弱くなってるみたい!誰か、一緒に修理を!」



避難を呼びかけ、学生さんたちの姿だった。内心はとってもうれしいが、複雑な心情も入り乱れる。「はやく避難を、町よりも自分たちの命を」と𠮟しかるべきなのだろうか。



―――いや…。



学生さんたちは、今、自分の「正義」に従っている。冒険者は自由だ。そして彼らのあこがれる冒険者像は、きっと町を見捨てない。その判断は尊重そんちょうに値するものであり、それを否定することは「冒険者」の否定に等しい。



―――俺は…正しいのか…?



自分の判断に自信が持てない。もし、自分の子どもが同じ選択をしたとき、俺は…。迷いは時として、自分にとって都合の良いこたえを導いてしまう。目の前で町を守ろうと必死な姿、そこに町を見捨てるという選択肢はなかったはずだ。先導していたはずの職員さんも、一緒になって荷物を運び出している。きっと…この町を…この現状を見た時、当然のようにその判断を受け入れたのだと思う。



―――俺は…弱いな…。



自嘲じちょうするような思考が駆け巡る。ただ、答えは出た。



「彼らを信じましょう。…大人は…んです。」


「…えぇ、もちろんです。」



視線の先には片手剣をしまい、重そうな荷物を抱えて運ぶミイナ姫の姿。としはそんなに変わらないはずなのに、とても大きな存在に見えた。

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