189 そっちではなくて

「来たっ!…え…?」



たしかにモンスターはいた。浜辺はまべに…たった2体。



「先生、違いますっ!うしろ、うしろっ!」



うしろ、つまり背後か。あせる学生さんの表情に、振り返るのすら躊躇ためらわれる。今朝の胸騒ぎは当たってしまったらしい。悪い方で。



「コウタ先生っ!モンスターの…。」



ギルドマスターの声からも焦りの色が。余計に振り返りたくなくなったが、ここまで来たら腹をくくろう。フラグを建築してしまったのは俺だし、学生さんを守るのも俺の仕事だ。さて、がんばってフラグをへし折ろう。



「来ましたか、モンス…ター?」



視線の先には、山肌やまはだの色が変わるほどの大軍勢が。こちらまでの距離は…概算500メートル程度。落ち着け、状況を把握しなければ。



「ギルドの皆さん、落ち着いて、学生さんたちと関所方向へ避難を。付近にいる民間人の皆さんにも避難を呼びかけてください。ユノさんとカリンさんで、緊急用の信号弾しんごうだんをお願いします。講師の皆さんは、注意しつつ北の浜辺に向かってください。地元の冒険者の皆さんが活動中のはずです。」



この研修旅行の責任者は教授である俺だ。通常であれば有しないギルド関係者への指揮権も、今は俺にある。皆さんの安全と安心は、俺の判断にかかっている。


職員さんへの指示を終え、不安な様子の学生さんにも状況を伝える。まだ入学して1か月程度。防御ぼうぎょ魔法と初級の攻撃こうげき魔法は展開できるレベルだが、あの規模の侵攻を相手取るには危険すぎる。冒険者のタマゴとして思うところはあるかもしれないが、ここは安全を最優先に。



「学生の皆さん。緊急事態なので、落ち着いて、ギルドの職員さんの指示に従ってください。万が一のときは魔法を使って構いません。皆さん、ちょっとつえを出してください。」



あいかわらず個性豊かな杖が並ぶ。見た目が自由に変えられるとはいえ、学生さんの想像力には毎度驚かされている。今期の最大級ビックリは、弓矢の矢にした学生さん。なぜそうなったのかオブザイヤーが思考を駆け巡ったが、ひとさまのセンスにとやかく言うつもりはない。


それはさておき、俺がこれから使う魔法は、知られると結構まずいものである。誤魔化ごまかすべく、防御魔法の簡易的な復習を始めてみる。



「うん…大丈夫そうですね。さすがです。では、慌てず避難を始めてください。」


「はい!」



元気の良い返事に一安心。パニックになってもおかしくないと思っていたが、冒険者のタマゴは強かった。うれしい。なんだか泣きそう。


ちなみに俺がコソコソと使った魔法は、訓練用の杖にかけられている魔法制限を一部解除する魔法だ。非常時に「流用の危険が」とか、そんなこと言っていられない。防御魔法はフルスペックで使ってこそ輝くのだ。さらにちなむと汎用はんよう魔法。…帰ったら王城にごめんなさいしに行かないといけない…。



「ギルドマスター…少しここをお願いします。すぐに戻ります。」


「了解しました。敵の動向を分析しつつ、トラップの準備を始めます。」



俺には守らなければならない人がいる。エリさんの大切なお友だちであり、王国のお姫さま。そう、ミイナさん。











「ミイナさん、コウタです。お邪魔しても大丈夫ですか?」



緊急時なので「失礼します、ガチャ」と突入したいところだが、さすがにダメだと常識が止めた。部屋のドアから少し離れて声をかける。



「ふぇぁ!?コ、コウタ先生…。ちょっと待ってください。今、その…お着替えをしておりまして…。」



よかった。俺の常識、ありがとう。突入していたらヤバかった。全力謝罪案件が発生するところだった。ミイナさんにはもちろん、エリさんにも…。



「そ、そうですか。あのですね、実はモンスターの侵攻が発生しておりまして、避難の必要性がありそうなんです。まだ慌てる段階ではないと思いますが、場合によっては関所をこえて王国へ戻ることも検討しているところです。」



全てが可能性であるため、玉虫色たまむしいろの言葉が並んでしまう。それすなわち、何が起きてもおかしくないということ。



「そんなことが…。わかりました、すぐに向かいます。」


「よろしくお願いします。建物の外におりますので。」



それだけ伝え、階段をドタバタとおりる。ここから関所までは数分程度。俺はともかく、お姫さまならば走ってすぐの距離だ。退路たいろは確保した。あとは、あのモンスター集団をどうするか。

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