188 待望の

「すみません…おはようございます。」



しれっとヌルっと加わろうかとも思ったが、さすがに良心がとがめた。ギルドの紋章もんしょうが入ったビーチパラソルの影に入り、ギルドマスターに声をかける。



「あぁ、おはようございます。先生。準備の方は滞りなく進んでおりますが、肝心のモンスターをあまり見かけないようでして…。」



特にお小言こごとを頂戴することもなかった。寝坊した俺が悪いんだけど、それはそれでつらい。ちゃんと反省してます。目覚まし時計、買い足します。



「ありがとうございます、はい。…え?モンスター、いないんですか!?」


「そうなんですよ…何かあったんでしょうか。」


「困りましたね…。」



本当に困った。経験値稼けいけんちかせぎを兼ねた実戦演習を行おうと思っていたのに、計画がとんしてしまう。さすがに「モンスターがいなくなる」なんてことまでの想定はできていなかった。今朝のみょうな胸騒ぎはこれが原因だったのだろうか。



「昨日の夜は普通に出現していたらしいんですが…。」



たしかにモンスターと戦う音が聞こえていた。さすが経験値稼ぎスポット、昼夜ちゅうや関係なく人気だなと思った記憶がある。一部とはいえ、そこを貸し切れたのは、コロンさんのおかげというほかない。ありがたや。



―――でも…。



まぶしい朝日…もとい、既にとふりそそいでいる太陽を背に、地平線の彼方をながめる。波は穏やか、気温は上々、どこまでいっても平和な海が広がっている。海水浴にはもってこい…じゃなかった、残念ながら経験値稼ぎには向かない光景が続いていた。



「とりあえず待ってみましょう。モンスター、朝ごはんの最中かもしれませんし。」



ちょっとボケただけのつもりだったが、おもいのほかウケた。今度エリさんに言ってみよう。それはさておき、待つだけでは生産性に乏しい。別のプランを考えなければ。


まず思いつくプランとしては、場所を移動すること。世界中でモンスターが出現していない…なんていう異常事態は起きていないはずで、少し歩けばモンスターに当たるかもしれない。ただ、現実問題としてそれは難しい。冒険者学科の学生さんは、基本的に「冒険者ではない」のだ。まだ冒険者試験をパスしていないため、特別な許可がない限り、モンスターとの戦闘ができない。



―――まさか…モンスター来て!なんて祈る日が来るとは…。



冒険者というよりも、この世界の住人としてあるまじき思考な気がする。わずか1プランでとどこおってしまった俺の思考。



「モンスターがいないって…どういう原因が考えられるんですか?」



別のアプローチを模索もさくする。ギルドマスターに丸投げした…とも言う。



「そうですね…。高レベルの冒険者が多数いると、警戒して出てこなくなる…というのは聞いたことがあります。」


「なるほど。自分たちから負けにいくようなことはしないと。」


「あと…いえ、なんでもありません。」


「な、何ですか?気になります。」


「いえ、噂話うわさばなし程度なので、根拠などあるわけではありませんが…モンスターの大侵攻前は、出現数が大幅に減少するそうなんです。ギルドとしては未確認の情報ですが…。」



なんと。虫の知らせが現実味をびてきてしまった。俺が眠れなかったのにも意味があったかもしれない。…いえ、寝坊したのは俺が悪いです。ごめんなさい。



「一応…警戒しておきますか?」



噂話とはいえ、現実に起きないと否定できる要素もない。朝ごはんではなく、大侵攻の準備をしているのかもしれない。そう思い始めると、眼前がんぜんの景色も、嵐の前の静けさに見えなくもない。思考が負のスパイラルにおちていく。



「他国の領内ですので、あまり表立ったことはできませんが…。リンゴ王国ギルドには伝えておきます。」


「よろしくお願いします。」



これで一安心。じゃなかった、今日どうするかを決めなければ。











地図とにらめっこを初めて数分、特にこれといったアイデアもなく過ぎ去る時間。講師の先生含め、みんなで地図を見つめる時間が続く。



「…あの、魔法を使ってモンスターをおびき寄せるというのは…ダメですよね。そうですよね。」



困り果てた先に出てきた提案なのだが、当然に却下。汎用はんよう魔法を使えばできないこともないところが余計に怖い。もっとも発言された講師の先生は、汎用魔法の存在すら知らないのだが。



「うーん…。」



あえて誤用するが、議論が「煮詰まってきた」。本来は結論を出す段階で使われる言葉らしいのだが、進展がないという意味の方がしっくりきてしまった俺。さて、どうしたものか。



「先生っ!」



重たい空気を割ったのは、学生さんの声だった。反射的に海の方を見る。そこには。

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