184 葛藤と背中

―――ぐぬぬぬっ…。



かばんのなかをあさりつつ、心の格闘かくとうを繰り返す。指に触れるは「汎用魔法用杖はんようまほうようつえ」の感触。結婚のお祝いとして、コロンさんからいただいたこの世界の秘宝。体力の限界と理性がぶつかり合い、苦悶くもんの歩を進めている。



―――転移てんい魔法使いたい…使いたいけど、使えない…。



みょう標語ひょうごチックになった心情はさておき、体力はもう限界である。数分前、学生さんのひとりが「リンゴ王国が見えてきた!」と言った瞬間、俺の心は折れた。たしかに見えてはいた。はるか遠くに。この苦行から解放されると思っていた俺のあわき期待は、無残むざんにも打ち砕かれた。



「…コウタ先生、良い方法があります。」



みかねたギルドマスターから悪魔の提案。わらにもすがる思いなのだが、エリさん以外におんぶしてもらうのはちょっと。



「これならおんぶのうちには入らないでしょう。」



ギルドマスターの手には…なんて言うんだろう、正式名称は知らないが、見たことはあるものが握られている。ぼう勤勉の象徴とされている像の御仁ごじんも背負っていた、まきなどを固定するイスのような道具。あれを現代風にアレンジしたみたいな道具。



―――す、座れるっ!



申し訳ない思いとかはじの概念は、疲れの前に無力と化した。数秒後、俺はギルドマスターが背負う道具に座っている。かすかに残ったプライドが、ギルドマスターに背負われているとは表現させていない。



「す、すみません。」



前を歩く学生さんに聞こえないよう、かなり控えたトーンで会話を続ける。



「お気になさらないでください。そもそも1ですから。」



ギルドマスター、いや、事務長さん。適切に心の傷をえぐらないでください。







「うわぁーっ!でかっ!」



リンゴ王国を目前にして、学生さんの声が響く。


リンゴ王国との境、関所の周囲は巨大なへいで囲われていた。もちろん友好関係にある国どうしなので、戦時に備えてというものではない。単純にモンスターの侵攻を防ぐための設備だ。大砲のような設備があり、物見やぐらからの視線も感じる。



―――そう思うと…結構大変な世界だよな。



もとの世界、モンスターの侵攻に怯えるなんてことは、一切なかった。動物を恐れる的なことはあったが、魔法をぶっ放されるようなことはなかった。そこと比較すると、改めて冒険者という存在の重要性を感じる。


ゲームの世界では、一定時間の経過やエリア移動によって、基本的にモンスターは復活する。リスボーンと呼ばれることもあるこの仕組みは、ゲームの楽しさをより重厚なものにしている…と思っている。


ただ、それはゲームの世界のはなしであって、現実としてあると限りなく厄介やっかいだ。この世界がその例。モンスターをどれだけ倒したとしても、一定時間の経過で復活する。この世界の定説によると、魔法文明よりもはるか昔の時代、この世界には隕石が落ちたらしい。その隕石は超巨大な「魔法の石」で、その破片はへんが世界中にばらまかれることとなった。そこから供給される魔法の力によって、モンスターは復活しているらしい。



―――限界もないし…。



明確にマジックポイント的な概念があるわけではないが、魔法を使える限界量というのは存在する。俺が「エンハンス」を8オクタで使用する場合、1間ほどで猛烈もうれつな吐き気に襲われ、それ以上に使用すると意識を保てなくなる。ゲームで言うところのMP切れみたいな状況だ。ただ、普通に休んでいれば回復する。休んでいなくても、魔法を使わなければ回復する。


魔法の石にもこれと同じ、というか使いながらでも回復するというチートが備わっている。つまり、魔法の石から供給される力は無限。この世界がモンスターの恐怖から逃れる方法はないのだ。



「コウタ先生、そろそろつきますよ。」



「はい、ありがとうございました。」



というわけで俺の体力も回復した。へろへろな顔を見せるわけにもいかないので、大変にありがたいおんぶ…じゃなかった、ご提案でした。…エリさんには言わないでください。

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