183 隠し隠された技術【ネタバレ注意】

――――――古びた本に囲まれた一室




「大将、今日はご機嫌斜きげんななめだね。」




暗闇くらやみに姿を隠す男に声をかける女。仮面に隠れた表情を読み取ることはできない。物理的な距離はほとんどないが、その間にはとてつもなく分厚い壁があるようにも見える。




「ボクはいつだってご機嫌さ。ただね、ちょっと困ってるだけさ。」




威圧感いあつかんのある猫なで声に、部屋中の空気がこおる。飄々ひょうひょうとした様子だった仮面の女も、声を失う。




「良いんだけどね。手駒てごまはずいぶんと失っちゃったけど、計画は順調さ。誰もボクたちにはたどりつけない。これからも好き勝手させてもらうよ。」



「…。」



「おや…コウタくんに情でも移っちゃったかい?まぁ、冷酷な魔女クルーティ・ウィッチに限って、そんなことはないか。まぁ、君は役割をまっとうしてくれれば良いよ。」




興味を失ったように、男は扉に手をかける。




「今日はやけにしゃべるのね。前とはずいぶん印象が違うけど、口数少ない方がミステリアスで良い感じよ。」



「ボクはどんな姿にでもなれる。コールと話すときはおどろおどろしいああいうのが効くんだよ。本当の力には弱いからね。でも、君は違うだろ?」




時が止まったかのように時が流れている。ころころと変わる声色。反応を楽しんでいるかのような時間が続く。




「ふふっ、黒幕を誤魔化すことだって造作もない。君の大切なものを奪うのだって、一瞬さ。それがボクの能力チートだからね。」



「…ふん。」




仮面の女は部屋を出る。荒々しく閉められるドア。




「そう…能力チートはボクひとりで十分さ。能力チートを消したのにここまで力を持つとは…コウタくん、やはりは侮れない。」




電話やカメラ自らにつながる証拠の存在を消し去り、人々を自由に操るこの男。この世界で唯一、チートを持つこの男。



あったはずのものは消え、真実への道は暗闇の奥深くに埋まってしまった。











――――――リンゴ王国までの道中




―――つ、疲れた…。




攻撃力1、防御力1の悲しい現実と向き合う俺。リンゴ王国まではもう少しあるのだが、こんな調子で大丈夫なのだろうか。素直に馬車をお願いするか、あるいは後から転移魔法で飛ぶべきだったかもしれない。



後悔が折り重なる心を抱えつつ、なんとか歩を進める。




「コウタ先生…大丈夫ですか?」



「な…なんとか。」




ギルドマスターに心配されてしまった。エリさんがいれば、「もうダメです…おんぶ…。」と甘えかねない状況。さすがにギルドマスターにおんぶしてもらおうとは思わないが。



この世界、防御力と体力に密接な関係がある。日々の運動をはじめとする体力トレーニングにも、もちろん大きな意味がある。それをしてなお、防御力への依存度はすさまじい。わかりやすいのがエリさんの俺の関係。俺が普通に歩いてへばっている道を、エリさんは俺をおんぶした状態で軽々と進んでいく。




―――俺…まだ若いはずなんだけど…。




そして、とどめをさされるような事実がもうひとつ。防御力、そう簡単に上がらない問題。ゲームの世界ならば、レベルアップや専用アイテムでなんとでもなる数値なのだが、この世界は違った。うまれもった防御力への依存度が高すぎる。上がっていく値もたし算ではなく、かけ算なのだ。もとが1の俺、どう頑張っても亀の歩み。もとが1000の冒険者さん、ちょっとモンスターと戦えば1100。もう悲しい。




「うわぁー!きれいだなぁー。」




前を歩く学生さんの言葉に、足を止める。眼下に広がる大海原おおうなばら。夕日に照らされ、星をちりばめたような水面が幻想的ファンタジーな印象。山道はつらかったが、これを見れるなら良いかもしれない。




―――エリさんと来たかったな…。




本音が湯水のごとくあふれ出す今日このごろ。

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