182 旅行の目的

数日後、魔法まほう学部の講義棟こうぎとう前。




「うぉー!旅行だー!」




学生さんの元気な声がひびき渡る。そう、これから魔法学科の研修旅行なのだ。




―――まぁ…それは建前たてまえというか、目的が異なるというか…。




行き先はリンゴ王国。ギルドの職員さんに紛れ、気配けはいを消す女性がひとり。名をミイナさんという。この国のお姫さま。




「それでは…出発!」




高らかに宣言せんげんして、歩き出す200名近い大所帯おおじょたい。時代と世界が違えば大名行列に見紛みまごう迫力がある。事前の計画を大幅に変更し、リンゴ王国が目的地となった理由は、もちろん「ミイナ姫の結婚相手を確認するため」である。次期国王の権力を大幅に濫用らんようするかたちではあるが、研修旅行自体はもともとあった計画なので、なんとか許してもらいたい。



もちろん俺は魔法学部教授として学生さんを預かる立場。研修旅行だってしっかりと成功させるつもりでいる。計画は完璧。




「それにしても、よくリンゴ王国が許可を出しましたね。」




隣を歩くギルドマスターの疑問はもっともだ。友好関係にある国とはいえ、数日で200名近い人数の入国許可はまずおりない。引率としてギルドの職員さんも参加するのでなおのこと。ギルドと国、つまり政治は明確に切り離されている。ただ、それが建前であることもまた事実。そんな複雑な事情が存在する上でも許可がおりたのは、コロンさんの力によるところが大きい。




「コロンさんのたくみな交渉のおかげです。助かりました。」



「やはりコロン先生でしたか…。やはり敵にまわしてはいけない方ですね。」




それには激しく同意する。転移てんい魔法を涼しい顔して操りながら強敵をもてあそび、あげくに政治を動かす力までお持ちなのだ。ラスボスだったら攻略をあきらめると思う。ちなみに「巧みな」交渉とはコロンさんの言であり、俺の印象では「強引な」交渉だったと記憶している。



というわけで研修旅行(とミイナさんの件)の立役者たてやくしゃはコロンさんなのだが、研修旅行には不参加。体調が優れないとかそういうわけではなく、魔法学科の講義が詰まっているのだ。今も薬草牛乳がぶ飲みで、講義に研究にと戦ってみえると思う。




「ところで…あのは…?」




そうですよね。やっぱり気になりますよね。しれっとギルドの職員さんにまじる女性。メガネをかけたり髪型をかえたりと変装は完璧だったと思うのだが、ギルドマスターの目はごまかせなかった。




「ミイナさんも様子をみたいということで…その、おしのびということで。」




嘘はついていない。何の様子をみたいのかは言っていない。




「そうだったんですか。突然のことで驚きでしたが、そういう事情でしたか。」




なんだか心が痛む。研修旅行が大成功するように頑張りますので、許してください。











「よし!今日も良い感じ。」




ケーキの見た目を左右する、さくらんぼの設置作業を終えたエリ。おばちゃんの定食屋さんでアルバイトをはじめて以来、毎日違うスイーツを作り続けてきた。各日50個限定となっている大人気メニューで、完売までには5分とかからない。



もちろんスイーツを楽しみにしているお客さんが列をなすわけであるが、エリの接客目当てに並ぶ人も少なくない。コウタのちょっとした心配のたねでもあったりする。




「今日もスゴイわね、エリちゃん。」




つやのある見た目をキラキラの目で見つめるおばちゃん。従業員もこの時間は手を止めて、スイーツ鑑賞かんしょうタイムが始まる。




「そういえば、今日から魔法学科の研修旅行なんですよね。」




従業員のひとりがポツリ。今朝はお弁当の準備でてんやわんやだった。




「エリちゃん、寂しくない?大丈夫?」



「お仕事だし…平気です!それに昨日たくさん…あ、なんでもないです。」




顔がゆでだこ状態のエリ。昨日の真実はさておき、さすがに研修旅行までついていくことはできなかった。ミイナを心配する気持ち、コウタと一緒にいたい気持ちはもちろんあるが、仕事の邪魔はしたくない。




「良いなぁ…私も結婚したいなー。誰か付き合ってくれないかなー。」




従業員のひとりがポツリ。今度は願望がだだ漏れ状態。




「ほら、よくお店にくる元気な男の子、あの子とか良いんじゃない?冒険者としても有望だし、明るくて楽しいと思うわよ!」




おばちゃんのアドバイス。




「あ、ビーンズさんですか?」



「そうそう。エリちゃんとパーティー組んだりしてるのよね?どう、良い子じゃない?」




話を振られるエリ。




「良い人ですけど…その…。」




実はビーンズ、ユイと良い感じなのだ。受験勉強を手伝って以来、お互いにちょっとだけ階段をのぼれたらしい。エリとバニラはじれったい思いをなんとかおさえこんで、幾度いくどとなくアシストを繰り返している。



いろいろな人の幸せを願い、今日もスイーツづくりに励むエリだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る