088 笑うべきか

説明会後、配られた資料に軽く目をとおしていると、ギルドマスターがギルドの制服に身をつつんだ男性を連れ、声をかけてきた。



「コウタ先生、少しよろしいですか?」



「はい。」



「業務の円滑えんかつ遂行すいこうのために、教授きょうじゅ職には担当を付ける決まりになっておりまして。こちら、ギルド本部のカイさんです。」



助手さんといった感じだろうか。そんなことまでしていただけるなんて、申し訳ないかぎりだ。



「初めまして、コウタ教授。ギルド本部のカイと申します。本日よりコウタ先生の担当として、スケジュールの管理や各種事務を担わせていただきます。どうぞ、よろしくお願いします。」



「こちらこそ、よろしくお願いします。教授というよりも学校関連の仕事すら初めてでして、いろいろと教えていただけるとありがたいです。」



名刺めいしを差し出されたので、受け取る。初めての名刺だ。ステレオタイプ的な思考かもしれないが、何だか働いている実感が急にわいてきた。



「では、私はこれで。おっと、忘れるところでした。ご結婚、おめでとうございます。」



突然の祝辞しゅくじ



「ご丁寧に、ありがとうございます。」



一体どこから情報が伝わっているのだろうか。この世界に電話はないはずだが、電話並みの情報網じょうほうもうがあるらしい。



「ご結婚されたのですか?おめでとうございます。」



カイさんには伝わっていなかったらしい。謎の情報網にも限界げんかいはあった。



「ありがとうございます。」



「早速で申し訳ないのですが、緊急時に備えるため、ご自宅の場所などご教示きょうじいただけないでしょうか?」



確かに電話がない以上、仕方あるまい。公私こうしはしっかりと分けたい派なのだが、師匠ししょうのおまごさんと結婚した時点で、そのスタンスは否定されている。



「はい。えーっと、あそこです。」



窓の外を指さす。校舎のかげになって一部しか見えないが、位置が伝わればそれで十分だと思う。



「あ、あの建物ですね。学校の案内図には書かれていなかったので、秘密ひみつの実験室だと思っておりました。」



今のは冗談じょうだんなのだろうか。笑った方が良いのだろうか。



「ちなみに私ですが、私はギルド出張所内に部屋をお借りしております。勤務時間内であれば、研究室となりの部屋におりますので、何なりとお申し付けください。」



「はい。あの…まだ研究室の場所とかわかっていなくて…案内していただいても…?」



自分では絶対に迷子まいごになる自信がある。今だから言えることだが、もとの世界の高校で何度か迷子になったことがある。家庭科室や音楽室といった、いわゆる特別教室の場所が特に苦手だった。



「かしこまりました。では、その他主要しゅような場所もあわせてご案内いたしますね。」



「よろしくお願いします。」





カイさんの案内により、無事に校舎内の探検たんけんは終了した。


相変わらずこの世界のサイズ感は謎で、研究室はほぼワンフロアぶち抜きとなっていた。ツッコミを入れようかとも思ったが、カイさんに言ったところで仕方がない。それに、ここは異世界いせかい。俺の感覚がおかしい可能性も否定できないのだ。



「以上な感じですね。基本的には研究室と講義こうぎ室の場所さえ押さえておいていただければ、大丈夫だと思います。」



それは助かる。若干距離はあったものの、さすがに2部屋くらいならば覚えられる。



「ところで、今日やっておいた方が良いこととかってあったりしますか?」



初めてのことなので仕方ないのだが、何から手を付ければ良いのかすらわからない。



「そうですね…。最初のうちは座学ざがくの講義が予定されておりますので、その資料などを作られてはいかがでしょうか。冒険者学科ですので、基本は実践演習じっせんえんしゅうになりますが、理論を知らないままだと演習もできませんので。」



「わかりました。冒険者としての基礎きそも講義中に教えるんですか?」



「いえ、冒険者として必要な知識については、ギルドのほうで担当いたします。先生には魔法使いとしての実戦知識などをご担当いただければと思っております。もちろん、講義中に基礎の内容をお話されても特に問題はありません。」



よかった。少し肩のがおりた。



「あとですね、実践演習についてですが、訓練用の施設しせつが建設中となっております。完成した折にご案内いたしますが、基本的に演習はそこで行うことになっております。冒険者登録が済んでいない学生をフィールドに出すわけにはいきませんので。」



「危ないですもんね。何が出てくるかわからないですし。」



いくら町に近い安全なエリアであっても、狂暴きょうぼうな生物が乱入するかもしれない。「わたあめ」みたいにかわいいワンちゃんが飛び出してくるならともかく。



―――ん?ちょっと待った。強化魔法使うにしても、強化する先がないと無理だよな。



魔法使いどうしで強化魔法をかけあっても、ほとんど意味がない。強化する対象たいしょう、つまり近接武器を使う冒険者が必要になる。



「あの、魔法のかけ先といいますか、対象が必要になると思うんですけど、そのあたりはどうするんですか?」



「そのことでしたら、コロンさんから事前にお話をいただいておりまして。現役の冒険者の方々が、協力してくださることになっております。」



さすがコロンさん。ぬかりがない。



「そうですか、ありがとうございます。」



「いえいえ。魔法使いの育成は、ギルドはもちろん冒険者全体の急務きゅうむですので。」

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