086 届け出

「じゃあ、エリさん。提出ていしゅつしますよ。」



「はい。」



緊張きんちょう瞬間しゅんかん。この書類が受理じゅりされた瞬間、婚姻こんいんが成立する。異世界から来たおれに、この世界の決まりが適用されているのか問題はあるが、本質ほんしつはそこではない。



「よろしくお願いします。」



場所は、先日完成したばかりのギルド出張所。お家から徒歩とほ2分。



「はい、おあずかりしますね。えーっと、はい。大丈夫そうですね。おめでとうございます。末永すえながく、お幸せに!」



「ありがとうございます!」



この世界に結婚式という文化はないらしく、ギルドに届けを出すだけで終わり。こうしてエリさんと俺は、はれて夫婦となったのだった。



――――――キャウン!キャウン!



「わたあめ」はジャンプしていわってくれているようだ。周りの人たちからも、お祝いの言葉をいただく。ありがたいかぎりだ。



「コウタさん。私、とーっても幸せです!」



エリさんが満面まんめんの笑み。よかった。この笑顔が一番見たかった。





「おじいちゃん、ただいまー。」



「ただいま戻りました。」



こんなに幸せ気分の帰宅は初めてかもしれない。外ではひと目があるので、あんまり、その、いちゃいちゃしづらかった。



「おー、出してきたかい?」



「はい。これからもよろしくお願いします。」



「こちらこそじゃ。しかし…エリとコウタが結婚するとはな…。まさかエリ、最初からそのつもりで連れてきたのかい?」



コロンさんが、エリさんのことをからかっている。ちなみに俺は、ちょっとだけそのつもりがあった。さすがに結婚まで進むとは思っていなかったが、お付き合いできればうれしいな、くらいの気持ちはあった。


お付き合いを始めるまでは、結構かかった。お互いそれなりに意識はしていたともうのだが、なかなか言葉にならなかった。あのもどかしい日々も、もう思い出の世界である。



「もう、おじいちゃん…うーん、でもちょっとだけ…。」



どうやらエリさんも同じ気持ちだったらしい。うれしくてエリさんの方を見ていたら、目が合ってしまった。いつもならずかしくてらしてしまうところだが、今日からはその心配もない。



―――前言撤回。やっぱり緊張する。



「見つめあいよって、もー。まあ、良いんじゃが。」



――――――キャン!



「ほれ、わたあめがやきもち焼いておるぞ。あ、そうそう忘れんうちに。学校の説明会がこの後あっての。エリ、悪いがコウタも出席しゅっせきせんならんのじゃ。いろいろと予定しておったかもしれんが、今度の土曜日に回してくれ。」



すっかり忘れていた。そう、俺、教授になるんだった。現実離げんじつばなれしたことが続きすぎて、もうこれぐらいでは驚かなくなってきた。違和感なく受け入れている自分がいる。



「そうですか…コウタさん。お仕事、がんばってくださいね!ぎゅー。」



エリさんがハグしてくれた。もう、幸せ。とけちゃう。



「コホン。では、行こうかの。」



「は、はい。いってきまーす。」



「いってらっしゃーい!」



エリさんに手を振られ、校舎こうしゃへと向かった。こちらは徒歩1分。





――――――とある建物の地下



不自然な場所に置かれた蝋燭ろうそくが、薄暗い部屋をわずかに照らしている。壁にはところどころひびが入っており、不気味な雰囲気がただよっている。



「くそっ!またしても失敗か…。あのダンジョン、魔法使いでは攻略できんはずだろうっ!」



声の主は身を隠しており、その姿は見えない。



「申し訳ありません…。どうやら、既にダンジョンに飲まれていた者がいたらしく…。」



ローブを着た男が、苦々にがにがしい表情で頭を下げる。あの位置にダンジョンを設置したのはこえぬしだ。男に責任せきにんはない。しかし、ここには絶対的な力関係が存在している。



「もはや一刻いっこく猶予ゆうよもない…。なんとしても魔法まほう拡散かくさんめるのだっ!」



「…御意ぎょい。」



男が転移てんい魔法の光につつまれる。その光が向かう先、静かに危険が迫りつつあった。

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