084 朝食のあと

「コホン。それでコウタ。エリに何か言うことがあるのではないか?」



コロンさんが話をってくれた。しかしその前に、言っておかなければならないことがある。



「実は…コロンさんとエリさんに、お伝えしなければならないことがありまして。」



そう、俺の秘密ひみつのこと。いつか言わなければと思っていたが、プロポーズの前には伝えておきたい。少しフライングしてしまったが、あれは緊急事態きんきゅうじたいなのでゆるしてもらいたい。



コロンさんとエリさんが真剣しんけんな表情になる。



「実は…俺、この世界の人間じゃないんです。」



言ってしまった。きっとおどろかれるだろう。いや、信じてもらえないかもしれない。それでも、かくしごとはもうやめにしたい。



「なんじゃ、知っとったぞ。」



「もー、緊張きんちょうしてそんしましたよ。」



想定外そうていがいの反応だった。むしろこちらが驚いてしまう。コロンさんもエリさんも、何だそんなことかと言わんばかりの表情だ。しかも、知っていたとは。



「え…結構重大なこと言ったと思うんですけど…。ていうか、コロンさん、知ってたんですか!?」



何だか状況が飲み込めない。一応、というか、ばれないように細心さいしんの注意を払っていたつもりなのだが。



「コウタに隠し事は無理じゃな。寝言ねごとでよく言っておったぞ。」



「そうですよ。私も何回も聞きましたし。」



―――…ね、寝言でばれた…。



「いや、でも、そんなのゆめだって思うじゃないですか!?」



そう、普通は信じない。エリさんが「実は異世界から来たんです」なんて言ったら、俺だって冗談じょうだんだと思う。



「それは…最初は楽しい夢なんだなー、って思いましたけど。」



「引っ越しの時、コウタの寝間着ねまきを見たんじゃよな。」



―――あ、そうか。パジャマ。こっちに来た時に着ていたやつだ。



「すごいきれいで、不思議なマークがついてましたし。この世界では見たことなかったですし…。」



盲点もうてんだった。確かにこの世界の裁縫さいほう技術と比べれば、明らかに不自然ふしぜんだ。不思議なマークとは、多分タグに書いてあるもののことだろう。



「すみません…言って良いことなのかもわからなくて…。」



本当は、もっと早く打ち明けるべきだったのかもしれない。今さらながら、そう思った。



「そういうもんじゃろう。わしだって、秘密の一つや二つはある。」



「そうですよ。それに…打ち明けてくれて…うれしいです。」



「コロンさん、エリさん…。」



なんだか泣きそうだ。



「とどめを刺すようですまんが、最初ここに来た時に疑ってはおったぞ。コウタが自分の攻撃力と防御力に驚いたと聞いた時点でな。計測する決まりなんじゃ。10歳になるときに。」



そうだったのか。しかしその理屈りくつだと、俺はギルドの人たちに疑われていることになる。今のところそういった様子はないので、ちょっと変な人くらいで見過ごされたのかもしれない。それはそれで悲しいが。



「それにの…これは秘密なのじゃが、前例ぜんれいがあるんじゃ。異世界から来た。」



とんでもないことを聞いてしまった。



「その人は…今、どこに?」



「わからん。会ったのは…今から40年くらい前かの。顔も名前も覚えておらん。ただ、『ちきゅう』という星から来たと言っておったぞ。当時は冗談だと思っとったが、コウタと一緒だったのかもしれんな。」



「そこです!俺もその地球から来たんです!」



「なんと…!」



もしその人が地球に帰れたのならば、俺にも帰れる可能性があるということだ。しかし、顔も名前もわからないとなると、雲をつかむような話になってしまう。



「あの…コウタさん。私、聞きたいです。コウタさんが、どんな世界で暮らしていたのか。」



「…わかりました。もし、わからない言葉を使っちゃたら、遠慮えんりょなく聞いてください。うまく説明できるかはわかりませんけど。」



長い話になりそうだ。イスに座り直す。



「地球は、海…えっと、池のすごい広い版みたいな…。」



「コウタさん…さすがに海は知っていますよ。」



見たことがなかったので補足ほそくしたが、どうやらこの世界にもあるようだ。



「これは失礼…その海がたくさんあるほしなんです。俺が住んでいた国は、ちょうどこの国と同じような感じです。


ただ、魔法はありません。そのかわり…というと語弊ごへいがありますが、科学がとっても発展はってんしています。扉が自動で開いたり、あ、遠くの人とすぐに話せたりします。声はもちろん、映像だって見えるんですよ!」



「あの…えいぞうって?」



結構難しい質問が来てしまった。そういえば、この世界にはテレビがなかった。テレビだと思っていたのはステータスの計測器だったし、ユウ先生の病院にも映像を映せるような機械はなかった。



「えーっと…写真が動くんです。だから、まるでそこにいるみたいに、話せるんですよ。」



「ほー…すごいの。魔法ではないのか。」



「じゃあ、コウタさんは、ちきゅうの人とお話できるんですか?」



「…残念ながら。電話って言うんですけど、電話がないとできないんです…。」



スマホをポケットにでも入れておけばよかった。いや、それでも電波がないから無理だった。



「じゃあ…コウタさん、帰らなきゃいけないんですね…。」



エリさんが悲しそうな表情をしている。その言葉は、異世界転移の本質的な問題なのだ。



「帰りたくない…というのはうそになります。母さんと妹がいるんですけど…会いたいです。


でも、こっちの世界で…エリさんと一緒に…もちろんコロンさんやこの町の人たちとも一緒に…ずっと暮らしたいとも思うんです。ちょっと矛盾むじゅんしてるんですけど。」



何度もこのことは考えた。考えたが、結論は出なかった。遠距離恋愛とはわけが違うのだ。そもそも世界がことなる。どんなに願っても、会えなくなるかもしれない。



「コウタさん、うれしいんですけど…うれしいんですけど…もし、もとの世界に帰れるようになったら、絶対に帰る選択をしてください。」



思ってもみない言葉だった。エリさんは強い。



「…わかりました!」



暗くならないよう、元気に答えた。強がりだった。ちょっと返答にがあいたことが、俺の本心ほんしんを表しているのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る