第三章 魔法も悪くない件。

019 混ぜる機械

翌朝、出勤しゅっきんすると、いつもと様子が違った。いつもならば、エリさんが明るく迎えてくれるのだが、今日はエリさんの元気な声がない。



「あれ…エリさん、いないんですか?」



「おお、コウタ。おはよう。実は風邪かぜをひいてしまったらしくての…奥で休んでおる。うつすと悪いから、見舞みまいは遠慮してほしいとのことじゃて。」



それは心配だ。この世界にもお医者さんはいる。医療水準いりょうすいじゅんは、もといた世界より少し低い気はするものの、環境はととのっている。



「お医者さんには?」



「うむ、今朝はやくに来てもらった。数日安静あんせいにしていれば、治るそうじゃ。」



よかった。しかし油断は禁物だ。迷惑にならないよう、聞くべきことを聞いたら早めに帰ろう。



「それでですね、魔法とは関係ないかもなんですけど…。」



本当はエリさんにお願いしたかったのだが、無理をしてもらっては困る。それに上手くいけば、エリさんの体調が少しでも良くなるかもしれない。



「なるほど…つまり混ぜるということじゃな。思ってもみなんだわい。薬草はもぐもぐすることが冒険者の流儀りゅうぎじゃとばかり…。回復効果があるものと言えば…薬草、回復花…そうそう、回復花の蜜には高い回復効果があるぞ。」



良い話を聞けた。しかし冒険者の流儀とは。伝統や歴史と争うつもりはないが、薬草むしゃむしゃよりは効率的になる気がする。受け入れられるかは、結果を見てのお楽しみというところだろうか。


あとはつくるのみ。そしてコロンさんは「もぐもぐ」派だったようだ。



「あ…ミキサーってあります?」



「み、みきさーってなんじゃ?」



おっと、出だしでつまずいてしまった。コロンさんが知らないだけなのか、それともこの世界に存在しないのかによって、かなり事情が異なる。さすがにミキサーをつくる技術なんて持ち合わせていない。



「あの…えーっと、食べ物を混ぜる機械で…えっと、こまかくくだいたりとか…。」



ミキサーの説明、意外と難しい。コロンさんは見当がつかなかったようで、ドリルを持ってきてくれた。それでも何とかなるかもしれないけれど。



「ごほごほっ、コウタさん?おはようございます…。」



とびらごしにエリさんの声が聞こえた。



「エリさん、無理しないでください。ゆっくり休んでくださいね。」



体調が悪いときの無理は禁物きんもつだ。昔、風邪をひいたとき、少し熱が下がったので調子にのってゲームをしていたことがある。見事にぶり返し、しばらく寝込んでしまった。



「ありがと、ごほごほ…ございます。混ぜる機械ならキッチンの下にありますよ。」



話が聞こえていたようだ。もう少しトーンを落とさないと。ひとまずお礼を言って、キッチンの下をみる。見た目はミキサーっぽいのだが、お手製感がある。コロンさんに聞いたところ、工作好きだったエリさんのお父さんが自作した機械だそうだ。



―――すごかったんだな…エリさんのお父さん。



さすがにエリさんが休んでいる隣でミキサーを使うわけにはいかないので、コロンさんに頼んで借りることにした。使い方は、まあ、わかるだろう。


今日は研究中止。宿に戻って、回復薬づくりを始めよう。


幸い、宿のおばちゃんとはかなり仲良くなった。たまに厨房を使わせてもらえるほどに。おばちゃんにも意見を聞いて、いろいろ試してみよう。

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