020 贅沢

「おばちゃん、厨房ちゅうぼう使わせてもらっても良いですか?」



洗い物をしているおばちゃんに声をかける。この時間帯じかんたいはお客さんもまばらなので、お願いもしやすい。



「あら、コウタくん。今日は早いお帰りなのね。いいわよー、コウタくんのつくる料理はめずらしくって。おばちゃんも勉強になるのよねー。」



家庭科で習ったお豆腐とうふを作っただけなのだが、この世界にお豆腐は存在しなかったらしく、とても驚かれた。しかも結構人気で、このレストランの名物めいぶつになっている。売上もかなりあがり、おばちゃんもほくほくなのだ。



―――確かに知識なしでお豆腐を作るのは無理があるよな…。



普通は真似されるところなのだが、今のところ、作り方はおばちゃんと俺しか知らない。この世界の料理事情は結構なぞで、なんでその料理があってこれがないの、みたいなことが多々たたある。



「今日は料理…と言えば料理なんですけど…。」



かかえてきたミキサーを見て、おばちゃんが不思議そうな顔をしている。



「それ…なんだい?」



「食材を混ぜる機械なんですけど…今お世話になってる人のところでお借りしてきました。」



説明するより実演じつえんしたほうが早い。百聞ひゃくぶん一見いっけんかず。スイッチは一つしかないし、構っていれば使えるようになると思う。



―――とりあえず薬草を…あと、牛乳でも入れてみるか。



「おばちゃん、ちょっと大きな音がすると思いますので。」



一応ことわりを入れておく。安全のため、防御魔法も展開した。



――――――ブイーンッ



思ったより音は小さかった。おばちゃんは興味津々きょうみしんしんといった様子でミキサーを凝視ぎょうししている。



「こういう機械なんです。こんな感じで…。」



コップをりて、ミキサーから緑がかった牛乳を取り出す。お世辞せじにもおいしそうなみためとはいいがたい。



―――お砂糖、お砂糖…。



ペロっとなめてみた感じ、味はちょっと苦い。よくこんな苦みのある薬草をむしゃむしゃできるものだ。



―――うん、飲めなくはない。



「飲んでみても良いかい?」



おばちゃんが完全に怖いもの見たさでコップを差し出してくる。



「あんまり…おいしくはないですよ…。栄養はあると思うんですけど…。」



おばちゃんが覚悟かくごを決めたような表情で、コップに口をつけた。



「…うん?おいしい…おいしいじゃない!これ薬草が入ってるんでしょ?それでこの味なら万々歳よ。」



おばちゃんがごくごく飲み始めた。しかもおかわりまで。



―――そ、そんなにおいしいですか…?



確かに薬草むしゃむしゃに比べれば圧倒的においしいと思うが、ジュースに比べれば…。



―――ん?ジュース…ジュースないんだ!



肝心かんじんなことを忘れていた。もとの世界の味、いわば贅沢ぜいたくな味を知ってしまっているのでこうなるが、この世界には牛乳とお茶ぐらいしかない。果実は高級品なので、ジュースもそうそう飲むことができない。



「「商売のにおいがする!」」



おばちゃんと俺の声が重なった。どうやら似た者同士だったようだ。

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