017 それは古風なお話で

「私はそろそろ行きますね。今日は討伐とうばつ依頼を受けるつもりで、少し時間もかかると思いますし。」

「気をつけての…無理はせんようにな。」

「うん。」


 優しい微笑み。

 かわいい。

 おっと…表情筋、表情筋。


「俺ももう少ししたら、また採取さいしゅに向かいます。」


 エリさんはいつもの装備そうびに着替え、ギルドへと向かっていった。

 淡い緑を基調とした服に、銀色をした金属製の装備。

 詳細を知っているわけではないが、結構お高いものだと思う。


―――さっきのワンピース…結構良かったけど…あ、いや…。


 コホン…覗いたりはしていない。

 断じて。


 ちなみにエリさん、この町でも指折りの冒険者。

 要するにちょっとした有名人だ。

 その…とても優しくてかわいらしい女性なので、それこそ言い寄ってくるやからも多いらしい。


―――わからないことも…ない。


 俺にほんの少しの勇気があれば、普通にデートなりに誘っていると思う。

 その一歩が踏み出せないもどかしさを抱え、俺は今日も採取依頼をこなしていく。


 もう少しちなむと、最近は俺がそういう輩に対して、ある種の「抑止効果よくしこうか」を発揮はっきしているらしい。

 たしかに毎日お家に出向でむき、ギルドから帰るときはいつも一緒…となれば、それは声をかけづらくもなる。


―――勘違いされて…迷惑にならなきゃ良いけど…。


 本心と共存しえない心情が心に住み着いている。

 その勘違いが…事実であれば良いのに。

 あまり言いたくはないが、言い寄ってくる輩のなかにも…本当に良い人もいるかもしれない。

 少なくとも採取依頼しかできない、かなくても飛んでしまうような俺と比べれば…いわゆる「優良物件ゆうりょうぶっけん」の宝庫ほうこだろう。


「チートがあればな…。」


 こんなに悩む必要もなかった。

 色よい返事をもらえるのかどうかはさておいて、少なくともアタックする覚悟は持てていた気がする。

 チートのにし過ぎな気もするが、異世界へと勝手に飛ばされたのだ。

 これくらいは、大目に見てもらえると幸い。





「ところでさっきの話なんですけど…。」

「うむ。」


 魔法談議に花が咲く。

 いつもだいたいこんな感じ。

 魔法の話…つい盛り上がってしまうのだ。


 現実世界での成績は…あまりめられたものではない。

 赤点あかてんをとったことはないが、目立つような成績をとったこともない。

 まあ…叱られもしないし、褒められもしない。

 そんな感じ。


 その点、魔法学は違う。

 なんといっても正解がないのだ。

 イコール、採点されることもない。

 何か発見できればそれは世界初になる。

 こんなに達成感がある経験は生まれて初めてだ。


「このあたりにヒントがある気がするんですよね…。同じ数だと発動できるのに、数が合わないと発動できなくなる…。」


 急に専門的な話で申し訳ないのだが、気になって夜しか眠れないのだ。

 魔法の組み合わせ…なぜうまくいくときと、うまくいかないときがあるのか。

 その理由を探っている俺。


―――なんで数で変わるんだろ…。


 例えば、2つの要素を組み合わせると発動できる魔法があるとしよう。

 すると、偶数の場合…つまり、2、4、6といった数で組み合わせれば、魔法は発動してくれる。

 ところが、奇数の場合には発動すらしないのだ。

 うーん…頭がこんがらがってきた。


「単にセットになっているってわけでもなさそうなんですよね…。うーん…。」

「ナハハハッ!すっかりコウタも研究者じゃな。いやー、うれしい限りじゃわい。」

「いや…えっと…はい…。」


 コロンさんがたからかに笑っている。

 誰かに喜ばれるのは…やっぱりうれしい。

 異世界に来てよかったとまでは思わないし、チートだっていまだに欲しい。

 それでも、もうしばらくはこの世界に…それもありかと、そう思っている。


「その辺の資料を集めておこうかの。コウタも読みたいじゃろうし。」

「よろしくお願いします。あ…もうこんな時間ですね…じゃあ、コロンさん。俺もギルドに行ってきます。」

「うむ。エリのこと、よろしく頼んだぞ。」

「はい。」


 こうして俺は、午後の予定をこなす。

 採取依頼は地道じみちな作業なのだが、コロンさんに教えてもらったコツにより、効率は極めて良い。

 数時間の採取で、生活費は十分にかせげるようになった。


―――なんか…薬草採取のプロになっている気が…。


 そんな不安はさておき。


「おっと、これは…めずらしい。」


 薬草にまぎれて咲く一輪いちりんの花。

 名を「回復花かいふくばな」という。


 効果は基本的に薬草と同じなのだが、回復量が段違い。

 この町の冒険者というよりも、主要都市で働く冒険者に重宝ちょうほうされているそう。

 強力なモンスターの巣窟そうくつ…いわゆるダンジョンへの挑戦には、必須級のアイテム。

 というわけで、ギルドでも特別なシステムがあるのだ。

 「回復花」に限っては、依頼の受諾じゅだく内容に関係なく買い取ってもらえる。

 しかもかなり高く。


―――ま、売らないけど。


 さすがに一か月も採取を続けていると、両手では数えきれないほどの回復花を採取できている。

 その度、エリさんにプレゼントしているのだ。

 エリさんは討伐依頼をこなす冒険者なので、回復アイテムはあるにしたことはない…という、俺の勝手な想像。


―――そういえばゲームだと…薬草そのままより、合成したりした方が効果高いよね。


 そんなことをふと思った。

 薬草より回復薬みたいなものを、グイっと飲むイメージが強い。

 ところがこの世界では、冒険者が薬草を食べる。


―――合成とかできないのかな…?


 また好奇心にとらわれてしまった。

 現実世界的なイメージでは科学の分野な気もするが、魔法でできるならば個人的にはありがたい。

 科学の知識なんて、高校の教科書程度しかないのだ。

 そんなことを考えていると、視界のはしに冒険者の姿が入った。


「あ、エリさん…って、大丈夫ですかっ!?」


 装備が泥のようなもので汚れている。

 きっとすごい戦いを繰り広げたのだろう。

 パッと見た感じ、怪我けがはなさそう…ホッと一安心。


「コウタさん!あ…これは…その…。」


 エリさんは目をそらしつつ、こちらにテコテコとよってきた。


「どうしたんですか…?」


 とりあえず紳士的にハンカチを渡しつつ、事情を聞いてみる。


「ありがとうございます…実は…。」

「え…落とし穴をってた…?」


 想定外の回答に、目が点になってしまった俺。

 敵が思ったより素早かったため、トラップをしかけたとのこと。

 なんという行動力。


 それにしても落とし穴とは、ずいぶんと古風な。

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