016 相性

 あの日からもう一か月になろうとしている。

 気づいたら異世界に来ていたあの日。

 二度寝をあれほど後悔したのは、人生初の経験だった。


―――あの時は。


 今では後悔という感情は薄れている。

 順応…というのだろうか、異世界での楽しみ方がわかってきた。

 そういう俺の日常は、魔法研究のり返し。

 飽き性の俺だが、魔法というファンタスティックでアメージングな存在を前に、興味と好奇心は無限の泉のごとく湧き出してくる。

 誇張なく、きるなんてことは全くない。


 もとの世界には魔法なんてなかった。

 もちろんアニメや小説のなかにはあったけれども…。

 それが現実になったのだ。

 現実と言って良いかは…わからないけれど。


 そんな俺、魔法にどはまり。

 アニメにはまったときの感覚に近いのかもしれない。

 それに加えて、自分で試せるというのがまた楽しいのだ。

 今も杖を片手に頭をフル回転させている俺。


―――うーん…火と水の魔法はやっぱり相性あいしょうが悪いな…。


 魔法を使うためには、魔法陣まほうじんを組む必要がある。

 ある要素と要素を組み合わせることで、魔法はそのバリエーションを拡張していく存在。

 つまり、 魔法陣まほうじんをパズルの要領ようりょうで組み立てていく…それが魔法の研究なのだ。

 そして一か月も続けていると、何となく感覚的に相性がわかってくる。


「コロンさん。相性の悪い魔法を合わせる方法って、何かあるんですか?」


 手詰まりになったときは、助言を求めるに限る。

 肩書かたがきこそ「魔法学者」というたいそうなものをいただいているのだが、現実は魔法を使い始めて一か月にもならない新人なのだ。


「うーむ…水と火、みたいな話じゃろ?」

「はい。消えてしまいますよね。」


 そうなのだ。

 火の魔法陣と水の魔法陣を組み合わせると、消えてしまう。

 より正確に表現するならば、魔法は発動するが…効果が発現しない。


賢者けんじゃが蒸気の目くらましみたいな魔法を使っているところを見た記憶はあるんじゃが…。なにぶん賢者の魔法は独特でな…若かったわしでは解読できなんだ。」

「なるほど…。」


 どうやら可能性はあるようだ。

 賢者のわざを俺ができるかどうかはさておいて、相性の良し悪しに関わらず魔法陣を構成できるとなれば…魔法のはばは一段と広がっていく。

 今までできなかったことができるようになる。

 それはまさに研究、発明におけるひとつのゴールだ。


「蒸気ってことは…水より火の魔法が多めってことですかね…?」


 俺の科学知識を総動員する。

 蒸気は基本的に液体を加熱することによって生じるはずだ。

 それすなわち、水に熱を加える必要があるということ。


―――それも一気にやらないと、蒸気がぶわっとはならないよな。


 サウナ的な理論。

 焼いた石に水をかけ、湯気を出しているはず。


「うーむ…しかし増やすとうまくいかんじゃろ?」

「そうなんですよ…。」


 そうなのだ…増やすとうまくいかない。

 水と火の魔法を同じ数組み合わせると、発動はできる。

 発動はできるのだが、打ち消しあうのか…何も起こらない。

 そしてどちらかの数を増やすと、発動すらできなくなってしまう。


―――相性が良いのか悪いのか…うーん…。


 わからないことだらけだ。

 まるで地図のない迷宮。

 そもそもゴールが存在するかもわからない迷宮。

 だからこそ楽しいのだが。


「ま、いろいろ試してみることじゃ。実験から理論が発見されることもあるからの。それにな、相性の仕組みは魔法学最大の謎じゃ。」

「そうですよね。はい、がんばります。」


 そう、俺にはがんばることしかできない。

 チートがかなわなかった以上、魔法に託すしかないのだ。


 一応ではあるが、安定した生活はできている。

 ちゃんと自分で稼げるようになったのだ。

 午前中に研究をして、午後からはギルドで依頼を受けている。

 もちろん薬草採取だが…。


「おじいちゃん、コウタさん。お茶がはいりましたよ。」


 エリさんがお茶とケーキを持ってきてくれた。

 緑茶の和やかな香りとともに、生クリームの甘美な匂いが胃袋をつかんで離さない。

 最近…というかこの世界に来てからの、最大の楽しみ。


 本人は謙遜けんそんされるのだが、エリさんはお菓子作りがとても上手だと思う。

 上手というか、プロ並み。お菓子屋さんでも開けば、大繁盛だいはんじょう間違いなし。

 俺も毎日通う。お菓子はもちろんなのだが、99パーセント…エリさん目当てで。


「おー。今行くぞ。」

「いつもありがとうございます。」


 そんな優しいエリさんはというと、午前中はこんな感じでコロンさんや俺の面倒めんどうを見てくれている。

 午後からは冒険者としてのお仕事をしている。

 二足のわらじ…というと失礼かもしれないが、そんな感じ。


―――一緒いっしょに冒険したいなぁ…。


 そう思う気持ちはあるのだが…現状、俺は足手まといでしかない。

 いかんせん防御力が1しかないので、モンスターの相手は危なすぎる。

 モンスターの相手どころか、その辺で転んだだけで骨折とかしかねない。


 もちろん防御魔法を的確てきかく駆使くしできるようになれば、話は違うのだが。


―――もう少し…かかりそう。

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