013 ワンピース
―――さてと…。
今日は初出勤だ。
緊張感はあるが、どちらかというと期待のふくらみが大きい。
心臓の鼓動に合わせ、歩をはやめる。
「コウタさん、おはようございます。」
宿の前にて、エリさんが待ってくれていた。
昨日とは違い、
―――か…かわいい…。いや、そっちじゃなくて…。
「迎えに来ていただいたんですか…すみません。もう道も覚えたし、大丈夫ですよ。」
「いいんですよ、ギルドの掲示板を見に行くついでですから。」
その言葉が方便なのはわかる。
だってワンピース姿でギルドに入る人なんていないもん。
エリさんは優しい。
■
「あの…いえ、何でもないです。」
「…?」
エリさんがさっきからこの調子だ。
何か言いたそうにしていることはわかるのだが、聞いてよいのかどうかがわからない。
もうちょっと対人スキルを身に着けておくべきだった。
「あの…コウタさん…コウタさんって…出身はどちらなんですか?」
ほら、やっぱりその質問が来た。
しかし恐れることなかれ。
俺は休日のほとんどを使い、異世界転移ものを読み
この程度では動揺しない。
…もとい、昨日聞かれたときは動揺していた。
「サ…サクラの町というところで…えっと、小さな町でして。」
もう一度前言撤回しよう。かなり動揺した。
「初めて聞きました。ここから遠いんですか?」
「はい、かなり。山の向こうです。」
嘘はついていない。
現実世界での住所は桜町だし、山の向こうから来たというのも間違ってはいない。
「そうなんですか…行ってみたいなぁー。」
それは困る。
困るというよりも、行けない。
行ける方法があるならば、むしろ教えてほしい。
「いや…えっと、実はいろいろありまして…あまり戻りたくないんです…。」
「あ…そうなんですか、嫌なこと聞いてごめんなさい。」
「大丈夫です。でも、旅行は行ってみたいですね。俺まだこの町しか知らないし。」
遠い町から来たのに矛盾していることを言ってしまった。
こういう会話から派生した話題のとき、たいがい墓穴を掘る。
それはわかっているのだが、会話しないのもおかしい。
―――そもそもエリさんとは…たくさん話したいし…。
女性の扱いに慣れていない俺だが、女性と話したいという願望はある。
なんなら仲良くなりたい願望もある。
「一緒に…あ、いえ…。ここから一時間くらいのところに、カエデの町っていうところがあるんです。観光地で。そこがおすすめですよ。」
この世界の地理が一つインプットされた。
そしてここまできて、肝心なことに気づく。
この町の名前、知らない。
「そうなんですか…魔法使いとして一人前になったら、行ってみます。あの…ところでなんですが、この町に名所とかあるんですか?」
さすがに「ここはなんていう町なんですか」…とは聞けない。
あまりにストレートすぎて疑われないかもしれないが、冷静に受け取られた場合…不審な点満載の質問になってしまう。
なんとかして、話しの流れで聞けないだろうか。
「コスモスの町はどっちかっていうと商業地ですからね…うーん。あ、町のそとですけど…すごい平原があって、コスモスがたくさん咲くんです。今の時期はないですけど、また来年、見に行きましょうよ。」
「そんなところがあるんですか。ぜひ!」
「ふふふっ、はい。」
よかった、思ったよりすんなりと町の名前を知ることができた。
あと、来年の予定がひとつうまった。
そんな会話をすること数分。
無事にコロンさんのお家についた。
職場…と呼んで良いのだろうか。
微妙なところではあるが、今日からここでお世話になるのだ。
―――そういえば、ギルド…寄らなかったな…。
やっぱりエリさんの優しさだった。
その優しさをありがたく受け取り、心の片隅へと大切にしまい込んだ。
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