011 夜に歩く

 異世界転移というふわふわした現実に、想定外の出来事が多すぎた一日。

 ひとつずつ言葉を覚えるように、この世界の現実というものを理解していった俺。


―――汎用魔法…魔法の廃れた世界…。


 異世界は甘くなかった。

 チートの力でもってゴリ押しできるとばかり思っていたが、現実は…まるでドロドロとした思惑の上にたっている…そう、やじろべえだ。

 その支え…つまり、この世界の均衡バランスを保っているのが、「汎用魔法など存在しない」という虚像。


「さてと…ずいぶん長くなってしまったな。もう遅い、宿の場所は…わからなそうじゃな…。」

「…すみません…。」


 宿の場所どころか、ここがどこかもわかりません…。


「私がお送りしますよ。」


 笑顔で手を挙げてくれたエリさん。

 どうやら宿まで案内してもらえるらしい。

 エリさんは冒険者であって、俺より間違いなくのだが…さすがに遠慮すべきかもしれない。


―――でもな…。


 町の様子どころかギルドまでの道すらあやしい俺。

 さすがに案内をお願いしないと、違う意味で野宿することになってしまう。


「すみません…よろしくお願いします。」

「はい。」

「では、また明日じゃな。」

「はい、おやすみなさい。」





 コロンさんにお礼を済ませ、そのままドアノブに手をかけた俺。


「では…行きましょうか。」

「はい。お願いします。」


 外はすっかり暗くなっていた。

 月は見えているが、どうだろう…もとの世界のそれと比べると、少し違和感がある。

 少し大きいだろうか。

 いや、そもそもあれが月であるかどうかも定かではない。


―――妙なこと口走って…疑われたらあれだしな…。


 聞きたいことは山ほどあるのだが、不審に思われないかフィルターを通す必要がある現在。

 そもそもの問題として、エリさんと話すのは緊張する…。


「あの…。」

「は、はい。」

「私の知り合いが働いている宿屋さんでも大丈夫ですか?冒険者のみなさんも利用されるようなところなので、不便はないと思いますが…。」

「もちろんです。どこでも…野宿じゃなければ大丈夫です。」

「わかりました。では…。」


 そう、この世界には「冒険者」という存在がいる。

 冒険者の仕事はひとつ。


―――ギルドからの依頼を受け、それをこなす。


 その依頼がモンスターの討伐であれば、モンスターを倒す。

 その依頼がアイテムの採取であれば、アイテムを集める。


 冒険者はエリさんのように家に住んでいる人もいれば、宿屋に泊まりつつ、各地を転々とする人もいるそうだ。

 というわけで、この世界の宿は、ギルドのそばに立地りっちしていることがほとんどらしい。


「…コウタさん。おじいちゃんのこと、ありがとうございました。あんなに元気な姿を見るのは…とっても久しぶりです。」

「そんな…俺は何も。むしろお仕事までいただいてしまって、申し訳ないです。」


 コロンさんが元気になり、エリさんが喜んでくれていることは…素直にうれしい。

 ただ、お礼を言われるほどのことはしていないと思う。

 どちらかというと、俺がお礼を言わなければならない立場だ。


「おじいちゃん…あんなこと言ってましたけど、科学のこと大好きなんです。最近科学の本ばっかり読んでるし。あ、あと…これ内緒なんですけど…。」


 エリさんが不意に顔を近づけてくる。

 一瞬にして、鼓動こどうがはやくなるのがわかった。


「エ、エリさん…。」

「発電所、おじいちゃんの魔法で動いてるんですよ。」


 耳元でささやかれた言葉、変な緊張感で内容を理解するのに時間がかかった。


―――発電…魔法…。


 どうやらこの世界には、永久機関が存在していたようだ。


「だからみんなが電気を安く使えるんです。みんな知らないけど…。」


 コロンさん、なんて良い人なんだろうか。

 世界の根幹こんかん技術をかげで支えながら、そんなことおくびにも出さない。


「なんか…かっこいい。」


 思わず素直な言葉が漏れてしまった。

 最強の力を持ちながら、それを人知れず世界のために使う…まるでアニメのキャラクターだ。


「ふふふっ、ありがとうございます。」


 エリさんが目を細めて、優しい微笑みを浮かべている。

 心奪われるような魅力…ずっと見ていたいのだが、見つめる勇気はない。


「着きました。ここです。一通りの設備はある宿なので、生活するには十分だと思いますよ。じゃあ、私はこれで。」

「ありがとうございます。」


 思っていたよりも数倍大きな宿だった。


―――これ…払えるのか…俺。…ってか、そうか…。


 ここは町の中心街とはいえ、かなり周囲は暗くなっている。

 さすがにエリさんを一人で帰らせるわけにはいかないだろう。

 二度手間にどでまにはなるが、途中まででも送っていこう。


「えっと…お送りしますよ。もう道、覚えたし。」

「え…?ふふふっ、やっぱりコウタさん…優しいですね。」


 なんだか心の奥がむずがゆい。

 エリさんには軽く遠慮されたものの、固辞こじはされなかった。


 道中はエリさんのご両親の話になった。エリさんが冒険者として歩み始めたころに、事故で亡くなったそうだ。

 今から数年前の話だそう。

 それからコロンさんのところへ引き取られるかたちで、今の生活が始まったらしい。


―――なんだか…。


 俺の両親は今も元気にしている…と思う。

 両親は商社で共働き…特に父は海外出張がほとんどで、月に数回会えれば良い方だった。

 そんな状況に慣れてしまって、寂しいとは思わなくなったのだが…。

 もう本当に会えないかもしれないと思うと、瞬間的に絶望感が襲ってきた。


「コウタさん…?」

「あ…ごめんなさい…。ちょっと、いろいろ思い出してしまって…。」


 落ち込んでいるように見えたのだろう。

 気をつかわせてしまったかもしれない。


―――ダメだ…強く生きないと。


 ここは異世界だ。

 エリさんやコロンさん、ウッドさん…親切にしてもらえてはいるが、親切に甘え続けるわけにもいかない。

 なんとか自分で道を切り拓かなければ…。


 その後、話題は急展開し、なぜか最後は食パンの話で盛り上がってしまった。

 文脈はというと、全く覚えていない。


「ありがとうございます。この辺で大丈夫ですので…。おやすみなさい。」

「おやすみなさい。」

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