010 報酬

「そうじゃ、コウタはつえは持っておるのか?魔法を使うには、杖がいるが…。」


 そうだった。

 町にきたら買うつもりだったが、すっかり忘れていた。

 何より俺は無一文、今夜は野宿かもしれない…。


 杖を発端として、現実的な問題が次々とふりそそいできた。


「いえ…。あの、町に売ってますかね…?」

「あ…町では杖、売ってないんです。魔法関係のものは全く…。」


 エリさんの悲しげな声だった。…なんだか申し訳ない。


「そうか、ではこれを使うがよい。」

「え、良いんですか?」


 コロンさんの手には、アニメで良く見た魔法の杖が握られていた。

 長さは30センチほど。

 こげ茶色をした木の枝…っぽく見えるが、それとは違う…どこか不思議な感じが漂っている。


「おお、良いぞ。あと、研究を手伝ってくれる報酬じゃ。前払い。一週間くらいであれば、これで暮らせるじゃろう。」


 なんと報酬までもらってしまった。

 野宿のじゅくの問題まで回避できたものの、なんだか申し訳ない。

 物価がわからないのでなんとも言えないが、金貨が20枚ほど袋に入れられており…ずっしりと重たい。


「いいですよ…報酬なんて…。まだ何もしてないし、何ができるかもわからないですし。」

「何を遠慮しておる。研究にしっかりと報酬が払われることこそ、研究の基本じゃ。それに…かわいい孫娘と若い男をに住ませると思うか…?」


 最後はエリさんに聞こえないよう、小声で耳打ちされた。


「…はい、ありがたくいただきます。」


 その可能性、期待していなかったと言えば…嘘になる。

 コホン…。





「魔法のことはまた明日にでも教えるとして…杖のことは教えておいた方が良いな。あ、今から聞く話は他言無用じゃぞ。」


 そういうとコロンさんは杖を振った。

 青白い光が放射状に広がり、シャボン玉のなかにいるような光景が広がった。


「防御魔法じゃ。誰が聞いておるかわからんからの。」


 この世界に来て…というか、人生で初めて見る魔法。

 否が応でもテンションが上がる。

 はしゃぎたい気持ちもあるのだが…エリさんの前なのでやめておこう。


―――いや…エリさんの前じゃなくても…あれか。


「杖にはな、実は種類がある。今わしとコウタが持っておるものと、えっと…どこいったかの…あ、あれじゃ、暖炉だんろの横にある杖の二種類じゃ。」


 今もらった杖と暖炉の横に置かれた杖…交互に見比べるが、全く違いはわからない。


「見た目は一緒じゃ。かけられている魔法が違う。正式には『戦闘魔法用杖』と『汎用はんよう魔法用杖』と呼ばれておる。

 戦闘魔法とはその名の通りじゃな。戦闘に使う魔法じゃ。攻撃魔法や強化魔法、回復魔法なんかもこちらに分類される。」


 要するに火や雷、氷などを操ってモンスターとバシバシ戦うような…俺が最初に想像した魔法の杖、ということか。


「そして汎用魔法というのは…山小屋の暖炉にあったような、火おこしの魔法などが分類される。言い換えるならば、生活用魔法といったところじゃろうか。」


 そんな分類があるのか。

 いや、そういえば剣には大剣や短剣と種類がある。

 杖に種類があってもおかしくはない…のか。


「重要なことは、戦闘魔法用杖では汎用魔法が使えないということじゃ。」

「え?じゃあ、これで火おこしできないんですか?」


 なんだか不思議な話だった。

 攻撃魔法には火を飛ばす魔法だってあるだろうに…。

 それを使えば、火おこしでもできそうなものではあるが…それとは違うということなのだろうか。


「そうじゃ。しかも汎用魔法用杖は、あの一本しかない。」


 そんな貴重なものの置き場所が暖炉の横、しかも無造作に置かれている。

 下手したら踏んでバキっとやらかしそうな雰囲気すらある。


「もちろん昔は大量にあったんじゃぞ。しかし、汎用魔法用杖は回収された。理由は…まぁ、いろいろあるのじゃが、さっきの話で…わかるじゃろう。だからわしは、汎用魔法に関する論文は一切書いていないし、汎用魔法の存在をむしろ隠しておる。」

「そんな…。」


 どうやら商魂抱きひそかに考えていた「魔法の火おこし商売計画」は…頓挫とんざしたらしい。

 もちろん本気で始めようなどとは思っていなかったが。


「よいかコウタ、汎用魔法を広めようとせん限り、魔法学は細々と続けることができる。まあ…うとまれはするがな。」


 そんなことはおかしい、そう思う気持ちはある。


 しかしそれがかなわないことは、17年と数か月…その人生経験をもって、察することができた。

 大人になるということの意味なのだろうか。

 少し悲しい気がする。


「…わかりました。じゃあ、俺は戦闘魔法の研究をするんですね。」

「その通りじゃ。もちろん汎用魔法も教えるし、研究するだけなら問題ない。日常生活で役に立つのは、やっぱり汎用魔法じゃしな。」


 その言葉は俺の冒険心をくすぐった。

 やや大げさに言うならば、世界の秘密を俺だけが知ることになる。


―――これもチートと思えば…いや…さすがに無理か…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る