第二章 魔法が廃れていた件。

009 灰色の事情

 こうして急転直下、魔法学者なる道を歩み始めた俺。

 人生どうなるものかわからない。

 学者の道に進むなど…想像したことすらなかった。


―――まだ異世界転移の方が現実味あるよな…というか、現実か。


 さすがにもう諦めた。


 ここはどう考えても現実だ…夢ではない。

 エリさんに手を握られて、信じられないほどに心拍数は上昇したし…。

 頬のあたたかさが未だに消えない。


―――学者として…がんばるしか…の魔法…ん?


 先ほどの言葉が、ようやく思考の俎上そじょうにのった。


「…あの…二人…ふたり?俺と、えーっと…?」

「おっと、名乗っておらなんだの。わしはコロンじゃ。」

「コロンさん。あの、ほかに魔法学者の方は…?」

「おらんぞ、みんな科学者に転身していったわい。」

「…なんと…。」


 魔法学はかなり…というか、ほぼ瀕死ひんしの学問だった。

 若干雲行きが怪しいものの、受け入れるしかない。

 生きていくすべが見つかっただけでもおんの字なのだ。


―――魔法が評価してもらえるようになれば…きっと。


 希望的観測をもって心を満足させつつ、現実的な思考を取り戻す。

 せっかくなので、魔法界隈かいわいその辺の事情をしっかり聞いてみよう。


「あの…科学が発展したから魔法が…えっと…そうなったのはわかるんですけど…。魔法は魔法で使えるんですよね?どうしてこんな状況に…?」


 魔法学者の先生に対し、大変に失礼な質問ではあるのだが…どうも納得のいかない部分がある。


 例えばもとの世界で、魔法が発見されたとしよう。

 それが不便なものであったとしても、すたれるようなことがあるだろうか。


―――俺だったら…なんとかして使おうとするよな。


 個人的感想9割ではあるが、魔法を使う人は多いと思う。

 魔法使いを主人公とした映画も大ヒットしていたし、何より異世界系の小説やアニメが流行している時点で、そういう世界もまた楽しいと思っている人が多いのだと…勝手に想像する。


 いくら魔法中心の世界に科学が入ってきたとはいえ、どちらかが消滅寸前まで追い詰められるというのは…どうもに落ちない。


「科学が発展したから…それはその通りなのじゃ。昔であれば強化魔法を施さなければ、モンスターと戦うことすらままならんかった。強化魔法なしに挑むなど…愚の骨頂。パーティーに魔法使いがおらん時点で、そのパーティーは機能せんかった。

 そこに科学が進歩したことで、強化魔法がいらないほど装備の品質は向上した。昔の強化魔法などの魔法はほとんど無意味になったじゃろう。」


 そこまではわかる。

 冒険において、魔法使いひとり分のリソースを、ほかにさけるようになったのだ。

 少なくとも冒険の世界においては、魔法使いの需要は激減するだろう。


「しかし、魔法だって進歩する。そりゃ、大勢魔法学者がおったころに比べれば進歩は遅いがの…。わしが研究した最新の魔法ならば、第一線で使える。強化魔法をうまく使えば、強力なモンスターも簡単に倒せるようになるはずじゃ。」


 ならばどうして…さらに疑問が深くなる。


「うむ、最もな疑問じゃな。そうじゃな…うん、あの山小屋におったということは、魔法の火をみたじゃろう。暖炉があったと思うんじゃが。」

「はい、とても驚きました。まきもなければ人もいないし。」

「そうじゃ。魔法の火は一回つければ水魔法で消さん限りは燃え続ける。魔力の消費もない。もちろんつけるときには結構消費するがの。」

「すごいじゃないですか!」


 夢のような話だ。

 現実世界ならば永久機関の誕生である。

 エネルギー問題は一夜にして解決…世界的な賞を総なめにできるだろう。


「そう、すごいんじゃ。今普及しておる暖炉は、もちろん薪がいる。他にも電気のストーブなんかも出回っておるが、もちろん電気がいる。魔法の火は何もいらん。…もう察しがつくじゃろう。」


 コロンさんが、声をまた一層ひそめる。


「魔法が再び主流になると…わかるじゃろ。」


 魔法が主流になれば、暖炉はどうなるか。


 おそらく…というか、誰もが魔法の火を使うようになる。

 当然に薪は不要となるだろう。

 コンロだってそうだ。

 おそらくガスコンロだとは思うが、ガスは必要だろうか…否、魔法が普及すれば要らなくなる。魔法の火を使えばそれで解決なのだ。


―――科学は…ほとんど淘汰とうたされる…。


 この世界の…薄暗い部分に触れてしまった。

 「みんなが便利になるんだから、それでも良いじゃない」とはならないのが…大人の世界。

 薪を売っている人の生活はどうなるのか、ガスを運んでいる人の生活はどうなるのか…。


 便利と引き換えに、失われてしまうものもある。


「ま、これはわしの勝手な妄想じゃ。陰謀論のたぐいじゃな。証拠なんてもちろんないし、そもそもわしの力が不足していることが一番の原因じゃ。昔は世界中で講演しておったのじゃが、今では年一回の世界会議で論文を発表するのがやっと。これでは…。」

「そうだったんですか…。」


 何だか切ない気持ちになる。

 現実世界でも…俺が知らないだけで、こういうことがあるのかもしれない。


「そうそう、安心してもらって良いんじゃが、わしは科学と戦おうなんて、微塵みじんも思っておらんからな。科学は科学、魔法は魔法じゃ。お互い良いところもあれば悪いとこともある。ほれ…その証拠に、我が家の暖炉は薪じゃて。」


 視線の先、暖炉には…たしかに薪がくべられていた。

 炭化して、ゴトリと音をたてた薪…不思議と意味があるように感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る