008 チートは何処へ

 賢者が住んでいた建物で見つけたもの…徐々にチートの匂いがただよってきた。

 俺はカバンをあさり、紙の束を取り出す。


「実はその山小屋で古い本を見つけまして…。結構ボロボロだったので、書き写してきたんです。…これなんですけど…。」


 例の本、それをそのまま書き写した紙を手渡す。

 エリさんが隣に…もう少しきれいな字で書けばよかったと若干の後悔。


「おぉ、これは…フムフム…おお、素晴らしい。」

「やっぱり!」


 すごい本だった。

 魔法の核心かくしんにせまるような、大発見かもしれない。


 誰も知らない魔法が載っていて、それで無双する。

 これもチートの王道だ。

 よかった、やっぱり異世界転移にチートはつきものだった。


「これがのこっておるとは…これ、わしが書いた本じゃ!」

「…。」


 チートの期待は、はかなくも…そしてもろくも打ち砕かれたようだ。


―――…。


 しかし、ポジティブに考えれば…著者に会えたというのは、結構すごいことだと思う。

 現実世界にて数々のファンタジー小説を読んできたが、作者の先生に会った経験は今のところない。





「ところでひとつお伺いしたいんですが…。」

「なんなりと。」

「ありがとうございます。実は、俺の魔法攻撃力は1000だって言われたんですけど…これってどうなんでしょうか…?」


 チートへの最後の希望。

 これがダメならチートなど存在しない、あれは物語の中だけだったとあきらめるしかない。


「…うーむ…可もなく不可もなく、じゃな。」

「…そう…ですか。」


 だめだった。


 どうやら俺の異世界ライフは、慎ましいものになりそうだ。

 しかし…心が持たない。

 チートのない異世界転移って…。


―――そんなの…ありかよ…。


「わしが現役のころは、その10倍ぐらいはあったからな…。しかし安心するのじゃ。攻撃力や防御力はそうそう変わらんが、魔法攻撃力は魔法を使うほどに鍛えられていく。もちろん限界はあるが、可能性は無限大なのじゃ。」

「…ほ、本当ですか!?」

「うむ。」


 おぉ、消えかかっていたチートの希望が復活した。

 これは素直にうれしい。

 もはや魔法を極める以外には…異世界チートライフを謳歌おうかできる道はない。


「よろしければ、俺に魔法を教えてください。お願いします!」


 不躾ぶしつけなお願いだとは重々承知の上だが、せっかく魔法学者の先生にお会いできたのだ。

 しかも著書を出版しているクラスの大先生。

 当たって砕けろの精神は重要である。


「ナハハハッ!元気な若者じゃわい。コウタさん…と言われたか。よかろう、わしで良ければいくらでも教えてやるぞ!」

「やった、ありがとうございます!俺、がんばりますっ!」


 おそらく…というよりも、絶対に剣士としては活動不可な俺。

 そんな俺にとって、大変ありがたい結果となった。

 俺のテンションに合わせて、ピューと薬缶やかんが鳴る。





「ただ、一つお願いがある。もちろん断ってくれても構わぬのじゃが…。わしと一緒に魔法学の研究をしてはくれぬか。」

「魔法学の…研究ですか…。」

「うむ、弟子になれと言っておるわけではないぞ。研究者になってほしいのじゃ。」


 エリさんがれてくれたお茶を少し含み、考える。


―――研究…か。


 困った。


 現実世界で俺はただの高校生なのだ。

 研究など夏休みの自由研究ぐらいでしかしたことがない。

 もちろんファンタジー小説で得た知識はあるものの、それがこの世界で妥当するのかどうかわからない。


「それって…具体的にはどんなことをするんですか?」


 何をするかにもよる。

 それこそフィールドワーク中心となれば…俺には少し厳しいかもしれない。

 なんといっても防御力1…モンスターなどに襲われた場合、おそらくというか確実に一発アウト。


「魔法学は基本的に実践じゃ。理論的に考える必要はもちろんあるがの。実際に使えない魔法など研究しても仕方ないじゃろう?わしももう年じゃでの…自分ではなかなか実践できんのじゃ…。」


―――それなら…俺でもなんとかなるか…。


 幸い、魔法攻撃力だけはある。

 可もなく不可もなくレベルではあるが、魔法を使えないというわけではないらしいし。


「おじいちゃん、今年で引退するつもりだったんです。私からもお願いします!」


 その言葉に、俺の心が大きく動いた。

 この時…下心がなかったかと問われれば…否定はできない。

 後に問われ、白状することになるのだが…それはまたかなり先のお話。


「わかりましたっ!チートを目指し…じゃなかった…魔法学の研究、精いっぱい頑張ります!」

「本当か!?いやーめでたい!この世界に魔法学者が二人になったぞ!」

「コウタさん、ありがとうございます、ありがとうございますっ!」


 いえいえそんな。

 困っている人の助けになるならば、しかもそれが今後の異世界ライフに関わってくるならば、受けないわけにはいかない。


「わっ!?あの…はい。がんばります。ので…よろしくお願いしま…す。」


 ですからエリさん、そんないきなり俺の手を握らないで…あ、いや…うーん…もう少しこのままで…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る