003 古びた本

「おやっ?誰かおるのかい?」


 突然、扉が開いた。


 どうやら家主が帰ってみえたようだ。

 とりあえず勝手に上がりこんだ非礼ひれいをおびする。


「すみません。勝手にお邪魔して…。えっと…旅の者なんですが…町への道をおたずねしたいと。」


 玄関に立ってみえたのは、白髪でどことなく品のあるご老人だった。

 左手には弓らしきものが握られているものの、すぐに撃ち抜かれそうなほどに警戒されているわけではないようだ。


「そうかい…町ならば、この山をおりて少し歩かねばならん。今日はもう遅い、ここで休んでいかれるとよろしい。」


 なんて親切な人なのだろう。

 パジャマ姿で勝手に部屋に上がり込んでいる…不審者そのものである俺。

 そんな俺を泊めてくれるなんて…。


―――異世界…優しい…。


 人どうしのつながりが希薄になった、現実世界に思いをはせる…なんてことはできるはずもなく、泊めてもらえることの感謝でいっぱいの俺。

 少なくともモンスターに襲われて、ジ・エンドという最悪の展開は避けられそうだ。


―――まぁ、どうせチートがあるから、問題なしだけど。


 それはさておき、まずはお礼を。


「ありがとうございます。あ…ご挨拶が遅れまして、コウタといいます。」

「これはご丁寧に。ウッドです。」


 せっかくなので暖炉だんろのことを聞いてみる。

 あれからしばらく考えてはみたものの、魔法の火であるという結論以上のものは得ることができなかった。


 要するに、謎。


「あの…暖炉の火なんですが…。」

「ん?暖炉…あれは魔法の炎、ずっと燃えておるのじゃ。わしがこの山小屋を使い始めたころ…何十年前じゃったかの…その時からずっと。」


 本当に魔法だった。

 テンションがストップ高。


 しかもこのウッドさんという御仁、相当な魔法使いなのだろう。

 何十年も燃え続ける魔法など、アニメの世界でもかなり高位だと思う。


「すごいですね…そんなに長い間。」

「勘違いしてもらっては困る…わしではないぞ。わしがこの山小屋を使い始める前からじゃ。そもそも今は魔法はな…。」


 最後の言葉の意味はよくわからなかったが、どうやら前の住人が、魔法使いだったようだ。

 それはともかく、この世界には魔法使いが存在する。


 チートへの期待マックス。


 そもそも攻撃力チートよりも、魔法チートへの憧れが強い俺。

 魔法でバンバンできた方が、なんというか爽快そうかいなのだ。


「わしは奥の部屋で休んどる。この部屋は自由に使いなされ。あと、ここにある物は持って行っても良いぞ。もうすぐ壊す予定なんじゃ。」

「そうなんですか…ありがとうございます。おやすみなさい。」


 ありがたいお墨付きをいただいたので、引き出しのなかや本棚を物色ぶっしょくしてみる。

 パジャマひとつで投げ出された身としては、大変にありがたい限りだ。


 本棚にはさまざまな本が並べられていた。

 ありがたいことに日本語だったので、読むことはできる。できるのだが…。


―――『テンコウ山における魔法石の展開可能性に関する考察』に『行政理論』か…。


 さっぱり意味がわからない。

 読めばわかるのかもしれないが、読む気力すらなくすほどの分厚さなのだ。

 5センチくらいの分厚さがある。


―――マンガなら5センチあっても余裕なんだけど…。


 活字となると、厳しい…実に厳しい。

 読むことはできると思うのだが、持って数分だろう。

 大変に失礼ながら、俺にとっては眠りへと誘うアイテムに過ぎなかったりする。


 本棚の上段を見ていると、まるで隠すかのように本がおかれていた。

 それに興味を惹かれ、ゆっくりと引き出してみる。

 そのタイトルは、俺の心にクリーンヒットするものだった。


―――『魔法理論』か…。


 著者はコロンさんという人だった。

 かなり古い本のようで、痛みがひどい。

 ページをめくるだけで、紙がボロボロと崩れてしまう。


―――でも、これはキーアイテムっぽいよな。


 魔法理論なんてストレートなタイトルから察するに、専門書のたぐいだろう。

 右も左もわからない異世界生活において、情報はきんにも勝る。

 眠気と戦うことにはなるだろうが、ピンときてしまった以上…がんばってみるしかない。


 時間もあることなので、一文ずつ丁寧に書き写すことにした。

 幸いなことにそこまで分厚い本ではなかったため、数時間で終わった。

 もちろん体感時間なので、もっとかかっているのかもしれないが。


―――ふーん…全くわからん。


 押し寄せる専門用語の波にのまれた。

 なんとなくわかったところだけで解釈すると「魔法は攻撃、防御そして仲間の強化までできる万能のものだが、その力は魔法使い本人と杖に大きく左右される」ということだった。


―――やっぱり杖がないからか。


 町に行くことができれば、さすがに杖くらいは買えると思う。

 お金は…まぁ、なんとかなるだろう。

 チートがあれば、それを使って人助け…お礼に…なんてのが定番のパターンなのだ。


 ちなみに、本には魔法の呪文一覧という大変にありがたい資料もついていたので、間違いがないように書き写しておいた。


―――とりあえず休もう…。


 暖炉の火はちょうど良い暖かさで…布団はなかったものの、快適な夜だった。





「…んぅー…ん。」


 小鳥のさえずりで目を覚ました俺。

 少し肩や背中のあたりが痛いものの、快調ではある。

 テーブルの上にはウッドさんからの書置きがあった。


「あっ!服まである。」


 なんと洋服一式がそえられていた。

 もう使わないから、と書かれていたものの…ほとんど新品だった。

 パジャマ姿を心配されたのだろう。なんだか申し訳ない。


「ひとまずお礼を…。」


 物もお金も持っていないので、とりあえず部屋の掃除をした。

 壊す予定だとしても、荷物は再利用できそうなものもある。

 まとめておけば、何かと便利だと思う。


 一通り片付いたところで、俺はお礼の書置きをして山小屋を後にした。

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